2005年06月26日

職人技

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いつの時代なのかはっきりわからないけれど、
どこかの職人さんの手によって丁寧に彫られた花と鯛。
木製の型なのだけれど、さて何に使うものでしょう。

母方の祖父は和菓子の職人だった。
祖父の代で終わり、子供の誰にも跡継ぎを強要はしなかった、
田舎の小さなお菓子屋さん。
私が生まれて母の実家に遊びに行くようになった頃には既に和菓子は作っておらず、
店ではスーパーで売られているようなお菓子を売っていたので、
祖父がこんなものを使っていたことを知らなかった。

祖父が亡くなった後、形見分けをしていたときのことだ。
「誰も持って行かないなら孫のおもちゃにでもするかな」
親戚のおばさんがそう話しているのが聞こえたので見に行くと、
古びたダンボール箱の中にたくさんの型のようなものが入っていた。
落雁の型だった。
どれもが使い込まれた物だけが持つ特有の柔らかな手触りで、
でも歴史の分だけずっしりと重くて、触れたときにとても不思議な感じがした。
これを砂場で使ったらさすがにじいちゃん泣いちゃうよと思ったのと、
純粋に手元に置いておきたいと思ったのとで、
親戚の中では割と人見知りで通っていた私だが、迷わず「私が貰う」と宣言した。
母は「そんなの持って帰ってどうすんのー」と呆れていたが、
これとこれきりになるのは絶対に嫌だと思った。

祖父は常に微笑んでいた。本当にその印象しかない。
怒られたこともない。聞けば母も怒られたことはないらしい。
煙草をパイプで吸っていた、優しいじいちゃん。
遊びに行くたび、店先のお菓子を好きなだけくれた。

祖父は自分のことを自分からはほとんど話さなかった。
その娘の母も同じく自分のことについては無口で、
世間でいうおばさんとはかなり違う。
だから祖父がこんなかっこいいものを使ってお菓子を作っていたことも、
子供だった母がいつもその手伝いをしていたことも、全く知らなかった。
聞きたかった。多分祖父のことだから照れて教えてくれないだろうけど、
私の知らない話をたくさんしてほしかった。

手伝いが嫌で嫌で仕方なかったと言うわりに、
やけに細かく覚えている母に聞いた思い出の中で笑ったのは、
夏になるとかき氷の出前をしていたという話だ。
電話だか伝言だか知らないが注文が入る。「佐藤さん、氷3つ」とかそんな感じか。
祖父が専用のガラスの器に氷をかき、シロップをかけ、岡持に入れる。
それを持って子供の母と下の弟が佐藤さんちを目指して店を出る。

「出前は近所限定。溶けるから。夏だし」
「近所だって溶けるでしょ?」
「着く頃には半分水だったね」

半分になったグズグズのかき氷。
それを小さな2人が岡持から出して佐藤さんに渡す。
代金を貰い、元来た道を帰る。暑い中。
かき氷の器も見たことがあるが、昔のガラス特有の厚ぼったさと涼しげな色が、
古いものとは思えないくらいにきれいだった。

体が浮き上がるんじゃないかってなくらいに暑かった昨日、
なぜかそのことばかり思い出していた。
というか、そのかき氷が食べたかっただけなのかもしんない。


栗饅頭とか寿とか波とかかわいい鳥とか
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物凄くおめでたそうなのとか富士山とか鮎とか梅とか
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お菓子に細工をほどこすときに使用した、柿渋が塗られている紙
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posted by 6 at 03:20| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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