2005年09月25日

台風一過(10)

あの赤い袋に収められた骨壷を母が受け取ると、
ここでやるべきことの全てが済んだ。
この後お寺でお経を上げていただくことを確認して、
先に出る住職さんの車を見送った。

駐車場の砂利を踏み締める足元に現実味がなかった。
思考はとうに止まり、心も体も疲れ果てているのに、
疲れているという実感すら湧かないまま、ただ動いている体。
これはもしかしたら夢なんじゃないかなあと思った。何度も。
心が子供だった頃にすら逃げなかったその場所に、
冗談ではなく本気で悪夢の証拠を探そうとした。
確かに安堵した気持ちもあるのだが混沌としていて、
一歩歩くごとに乱れた。

車に乗り込み、事務所の脇を通るときに、
係の女性が「ご苦労様でした」と深々と頭を下げてくれた。
お世話になりました。お世話になりました。
心からの言葉だった。

火葬場を出て最初の信号で停まると雨が止んだ。
あんなにも大粒の雨だったというのに。
分厚い雲の切れ目からは光が差し込み、晴れの兆しを見せ始めていた。
「なにこれ」
「にゃにゃこの合図だよ」
「終わったことを喜んでるのかな」
不思議でたまらなかったが、そこににゃにゃこがいるとなれば全ての説明がついた。
母が、膝の上に置いた骨壷を愛しそうに何度も撫でた。

眩しかった。進むごとに気温が上がった。
真っ直ぐに続く道路は思いの外空いていて、スルスルと進めた。
信号で停まるたびに母の膝の上のにゃにゃこを見た。
運転なんかするもんじゃない。大事なものに肝心なときに触れない。
それにしても母のホールドぶりには眼を見張った。
感情の箍が外れっぱなしのようだった。

途中、トイレ休憩のためにコンビニに寄った。
店内に流れる音楽と「いらっしゃいませ」の声に、
その日初めて普通の日常に関わったような気がした。
朝から何も飲んでいないことに気づき、ジュースを買った。
どうせ剥がれ落ちるのだからと、日焼け止めのみで化粧はしていなかったが、
きっとそれすらも落ちたひどい顔なんだろうなと、会計しながら思った。
トイレで確認したらその通りどころか髪もボサボサで、
あまりのことにちょっと笑った。ひどすぎた。
posted by 6 at 15:18| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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