2006年01月08日

春を待つ

掃除だのなんだのをどこかへ追いやった挙句、
晴れ晴れとした気持ちで新年を迎えることができました。
1週間経ってから言うセリフでもないような気もしますが、
新年明けましておめでとうございます。
お餅やお雑煮や栗きんとんやいくらは食べましたか?
お雑煮のスープが煮詰まって黒っぽくなってくると正月を感じます。

北の方で漁師をやっている親戚がいる関係で、
毎年暮れ、我が家の冷凍庫はパンクするのが常だ。
シシャモ、鮭、タコ、貝、いくらやら筋子やら。
中でも父の兄弟姉妹が作る飯寿司の場所の取り方といったら尋常ではない。
家族では父しか食べないので減り方が鈍いのも困る。

紅鮭の飯寿司。
大根や白菜や人参や鷹の爪や麹や何かの姿が見えます。
DVC00061.jpg

魚介類は弟夫妻やご近所や会社関係など、
貰ってくれそうな人に端から押し付けても全く減らない。
どれも買えばとても高価で贅沢品だとわかっていても、
いつのまにか味が変わってしまっている。罰当たりだ。

この北の地にいる親戚たちのおかげで相当感覚が麻痺していると思う。
時期が来れば送られて来るいくらや筋子は、
おかずが何もないときとりあえずご飯の上に乗せる、
季節限定のふりかけのような感じだ。
時折送られて来る生きたままのカニが箱の中で足をもぞつかせているのを見て、
母は茹でるのが面倒だとうんざりする。

そもそも食に対して執着がないのがいけないのだろう。
普段の食卓はまるで寺の精進料理のようで、
ベジタリアンでもないのに白や緑ばかりだったりすることがよくある。
何が好き?何を食べたい?という質問には黙り込む。浮かばないのだ。
唯一甘栗は好きだが、それをおかずにするのはどうかと思う。
だって皮を剥くのが面倒だ。

肉よりは魚が好きだけど、好きだからといって
冷凍庫の飽和を緩和するまでには至らない。
シシャモや鮭に申し訳ない。懸命に生きた命なのにな。
なんとかしないとな。

徒然に書きながらふと思う。年の初めに何を書いているのかと。
正月くらい、もっとこう景気の良い明るい話はないもんかね。
なんというか、冬のフットワークの重さが文章に如実に出てしまった。
にーすけさん、こんなねーちゃんでごめんなさいね。

「ご、ごめんですむと思ってるのか!」と驚くにーすけ(2歳・男)
DVC00058.jpg


今はただ春を待つ気持ちだけを燃料に、
張り詰めて割れそうなほど冷たい空気の中をテクテク歩いている。
大体同じ時間帯に帰宅するので、
日ごとに明るくなる空を感じられることが嬉しい。
春に近づいている。

DVC00060.jpg
posted by 6 at 22:23| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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