2005年06月07日

猫話

2年前のある秋の夜、その頃の日課だったドライブを終え、車から降りた。
玄関の前で鍵を開けようとポケットを探っていたら、
背後に何とも言えない視線を感じた。
振り向くと猫。それもこんなの。

nyanyaco.JPG


家の前は近所のアパートの駐車場なのだけれど、
そのコンクリートブロックの壁の上に両手をついて、ドーンとこっちを見ていた。
後日わかったことだが、当時この猫はひどい風邪を引いており、
右目が腫れ上がっていてほとんど開いていない状態だった。
この顔でその目である。
なになになになに、なにあの猫!
動物と暮らした記憶といえば、カブトムシ・クワガタ・金魚メダカのみだったので、
夜の闇に浮かび上がるその猫に本当に驚いた。

どうも斜め前のアパート(住宅街なのでアパートが乱立してる)の住人が、
食事の残りを猫たちに提供していたらしかった。
ゴミ置き場から離れているうちの駐車場に、
しばしば魚や鳥の骨が放置されている理由がやっとわかった。

それからもしばしばその猫を見た。
見るたびに風邪はひどくなっているようだった。
クシャミしては鼻水を飛ばし、苦しそうに咳込んでいた。

生粋の野良だろうと思われたため、
ただでさえ大きい動物が怖い私は余計に触ることができず、
ご飯で釣って写真を撮り、その写真を持って動物病院に行くことで精一杯だった。
獣医さんは顔のアップの写真を見て風邪と診断した。
薬を出して貰い、ご飯に混ぜてそれを飲ませた。
対処療法でしかなかったものの、確かに良くなった。

当時は事情があって家では飼えないと思い込んでいたため、
ご飯の面倒を見たからにはせめて不妊手術まではと、
ボランティアの方に捕獲器を借りた。
あんな顔だが女の子で、人間のわがままで勝手なことをしていいのか
手術当日まで悩み続けたが、
「子供を産めばその分寿命も縮む」というボランティアの方の言葉を信じた。

それからこの秋で2年になる。
3月に新たな病気が見つかった。
うちの母親と同じ病気のせいもあり、今度は迷わず家に迎え入れた。
野良時代が長いことを危惧していたが、トイレも1回で覚え、
外に出たがったのも最初の1ヶ月半だけだった。

もっと早く家に入れるべきだった。どれだけ後悔しても遅い。
この2年間、常に罪悪感があった。バカだな。私は本当にバカだ。

今は週2回の通院で、体調も悪くはなく、それなりに楽しく過ごしているようだ。
後日書くことになると思うけど、家にはもう1匹猫がいて、
その猫ともようやく打ち解けてきた。
今も一定の距離を置きつつ、仲良く昼寝している。

年齢不詳で、年寄りにも(家に入れてから歯が抜けた)
若者にも(ネズミのオモチャを追いかけるときはマッハの速度)見えるにゃにゃこ。
昭和の香り漂う母親の布団の上で。

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posted by 6 at 16:12| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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