2005年06月19日

桜桃忌

太宰はあのとき絶対に死ぬつもりはなかったと思うんだよな。
いつもの癖で心中を持ちかけてみたら、今度こそ本当に死んじゃった。
現場の土手に足掻いたような跡があったというのを読んで、
なんだかますますそんな気がしてならない。
バチが当たったといえばそういうことなんだろうけど、
それにしても新聞小説連載中にそれはないだろうと。
続きを永久に読めなくなってしまったこっちの身にもなれと。
まずそうな顔でさくらんぼ食ってる場合かと言いたいわけです。

最近は遠ざかっているものの、
年に一度、新潮文庫の太宰治の小説を通して読むのが以前の私の恒例行事だった。

『晩年』で暗く始まるためいきなり気が滅入るもののぐっと堪えて、
遥か彼方に見える中期の明るさを頼りに読み進める。

よく言われることだが、中期の太宰は結婚したせいか落ち着いていて、
それが作品にも如実に表れている。
この頃はなんというか伸び伸びとしていて、混沌とは遠い。
太宰に触れたのは『人間失格』と教科書のみという場合、
この人から暗さを取ったら何も残らないような印象を持つことも多そうだけど、
中期の作品を読んでもらえれば払拭されるのではと思う。
『新樹の言葉』や『右大臣実朝』はとても好きで、何度となく読んだ。

まあ最終的には『人間失格』なことは確かで、挙句入水だからなあ。
そんなとこで終わっちゃってあんた何やってんのよと、呆れるやら悲しいやら。

初めて太宰をじっくり読んだのは高校3年の頃だった。
文系のお決まりのようにハマってしまい、
今となっては言うのも小っ恥ずかしいが心酔しきっていた。
ちょうど時期が受験の頃だったのだが、勉強そっちのけで読み耽っていた。
あの大学を滑ったのは太宰のせいだ。
何もあんなにおもしろいものを量産することはないじゃないか。
しかし後悔はしていない。お宝に気づけて幸運だった。

今どきの若者は読まないのかもしれないな。
自分の人生もなかなかヘヴィーなんじゃないか?と気づき始めてしまう
大人になってからではなかなか手が伸びないと思うので、
未熟な自分をわかっているけど、でもどうしようもないという年齢の頃に読んでほしい。
普通におもしろいしね。

しかし昔は『如是我聞』を読んで、ううっと涙の一つもこぼしたものだったが、
最近読んでみたらちょっと笑えて、その後軽く腹が立った。
太宰め。いろんな意味で嫌なやつだな。だけどやっぱり好きだ。

魅力ってなんなんだろう。ちょっと考え込む日曜日。
posted by 6 at 12:30| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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