2005年07月15日

車に乗る

学生さんの夏休みが近づいているせいか、
町中で教習車を見かけることが多くなった。

車の免許を取ったのは26歳の時だった。
前の会社を辞め時間があり余っていたのと、
当時いんちきバサーとあまりうまくいっておらず、
ヤツの鼻を明かしてやりたい、驚かせてやりたいという一心で、
ある日突然思い立って取りに行くことにした。

バサーは思い出すたび呆れ返るほどにいんちきな男だったが、
いつも私を車で送り迎えしてくれていた。
往復で100qは優にかかるし、遠出したらそれでは済まないのだが、
どんなに眠くても私を家まで送り届けてくれていた。
自分で運転するようになって最初にわかったのがバサーの偉大さだった。
いんちきだったが優しくていいヤツだった。
「俺○○(私の住む町)にどんどん詳しくなってる!何の得にもならねえ!」
といつも笑っていた。
ちなみにバサーのナビもありもしない道を平気で表示してバサーを迷わせるなど、
恐ろしいほどのいんちきぶりを発揮していたのを今思い出した。

それまで免許を取らなかったのは興味がなかったからで、
車が欲しいと思ったこともなかった。
移動手段は徒歩か自転車。遠ければ電車。
近からず遠からずといった微妙なところには基本的に行かない。
会社などでは凄く珍しがられた。田舎なのに免許がないなんてと。
ほっといてくれよ。

教官はずっと同じ人で当時30代前半の男性だったのだが、
なんだかおしゃべりでやかましかった。
「今日は昼にそばを食べました。昨日もそばでした。そば大好き」
「社員旅行で東北に行くんですよ。お土産にリンゴ買って来ますよ」
「カラスが何かをくわえて飛んで行きましたよ!多分木の実」
助手席で、もうずーっと喋ってる。毎回毎回。
「40キロって遅く感じますよねー。もっと出したいですよね」
と言われたときは、思わず「は?」と、真顔で聞き返してしまった。

見きわめやら検定やらを一度も落としたことがなく、
それまでは軽やか過ぎるくらいに順調に進んでいた私だったが、
もはや特技とすら思える方向音痴ぶりが災いして最終段階で躓いた。
いきなり地図で目的地を指されて「ここに行け」って、
そんなもん行けるわけがないだろう。
車なのにうろうろと路頭に迷っている私に、
あれだけおしゃべりだった教官がいつしか地蔵のように押し黙り、
「これじゃあ免許取ったとしても先が思いやられますね」とポツリとこぼした。
ただでさえ目的地がわからずイライラしていたところにその言葉。
「免許取ったらナビつけるからいいんです!!!」
自分でも驚くほどの勢いで教官相手にキレた。

その日の帰り、その教官に呼び止められた。
「本当はいけないんだけど」と言いながら、こっそりと路上教習用の地図をくれた。
誰にも言わないでくださいよと念を押されてありがたく受け取ったが、
無事卒業検定に受かった後、さっさと教習仲間の女の子にあげてしまった。
なんというか人でなしだった。

いいよなあ車は。1人になれるところが本当に素晴らしい。
旅をしているとつくづく思うが、
私は移動するために生きているようなところがあって、
飛行機などに乗ろうもんなら発狂せんばかりにテンションが上がってしまう。
それとまでは行かないまでも車は手軽にトリップできる最高のツールだ。
実際にハンドルを握るようになってしみじみそう思った。

結局バサーとはそのままダメになってしまったけれど、
その後免許を取ったことを報告したら、
私のそれまでのぐうたら振りを熟知しているだけに物凄く驚いていた。
珍しく褒められたのもあの時だったかもしれない。

それから何年か、年賀状には「運転気をつけて」と必ず書かれていた。
信用ないなあとちょっと情けなかった。
posted by 6 at 14:58| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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