2005年08月28日

台風一過(2)

テーブルやクッションをすべて押し退けて、
居間のど真ん中ににゃにゃこを寝かせた。

「よく頑張ったねえ。こんなに痩せちゃっても可愛いねえ」
にゃにゃこを撫で、おでこ同士をくっつけながら、母はそう何度も繰り返していた。
繰り返すたび語尾が曖昧で、声を詰まらせては鼻をかんでいた。

私は放心状態だった。
波のように寄せてくる涙をやり過ごす以外にすることがなかった。
時折にゃにゃこの胸に触れ、鼓動がないことを確かめる。
まだ温かい体に触れ、生きていないという状態がよくわからなくなり混乱する。
その繰り返しだった。
ぼんやりしながらも、8時半になったら店長の家に電話しなきゃと思った。

前の週の金曜日、にゃにゃこの状態が厳しいこと、
もしかしたら不意に休んでしまうかもしれないことを店長に伝えてあった。
そういった話は一切していなかったので、
「だから最近元気がなかったのか」と驚いていたが、
「一緒にいてあげなさい。思う存分看病してあげて」と言ってくれた。
店長の家にもかなり高齢の犬がいる。だからだろうと思った。ありがたかった。

朝方亡くなった場合、普通なら午後にはお別れなのだろうか。
ましてや今は夏で、いろいろな意味で時間との闘いになる。
「早めにしないと」と父が言った。
わかってはいたが、どうしても無理だった。
「今日は絶対に嫌だ」と子供のように言い張った。
そんなこと言ったって夏なんだぞ。
いきなりなんて嫌だ。絶対に嫌だ。
堂々巡りの押し問答。
父が心を鬼にしていることはわかりすぎるほどだった。
黙っていた母が「そうだね。今日はお通夜だもんね」と言った。
「まだお家にいようね。ゆっくりねんねしようね」とにゃにゃこを撫で、
父に「明日にしよう」と言った。

父はその後自分の会社に電話をし、休日出勤をしている部下の人に、
「棺を作ってほしい」といきなり頼んだ。
理由を訊かれたのでにゃにゃこが亡くなったことを伝えると、
10時までに作るからサイズを教えてくれとだけ言ったそうだ。
その人とは私も会ったことがあるけれど、いかにも仕事ができそうなおじさんで、
父とは信頼しあっている様子が窺えた。
ちなみに父の会社は建設関係でもなんでもない。

その後にーすけにご飯を上げ、シャワーを浴び、
会社に棺を受け取りに行く両親を送り出した。

にーすけは遠巻きに一連の出来事を見ていた。
普段とまるで違う私たち、そしてにゃにゃこが怖かったのだろうと思う。
時々にゃにゃこのそばに来ては匂いをかぎ、
何か変だなとでも言いたげに去って行った。

超特急で作ってもらった棺はとても大きく、そしてとても立派なものだった。
棺の他に持ち帰ったものは、会社に咲いていたからと母が摘んだコスモスと、
にゃにゃこを翌日まで守るため、氷屋さんで購入したドライアイス。
コスモスの濃いピンクを見て、棺を花で埋めようと、
バカみたいにたくさんの花で送ろうと決めた。
そして、もうコスモスの時期なのかと思った。夏が終わるのかと。
posted by 6 at 12:15| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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