2005年09月10日

台風一過(7)

多分住職さんにだったと思うのだが、
祈り終えると、隣接する大き目の建物に移動するよう促された。
たった今入ってきたばかりの入口を一歩出て、右を向くとその建物の入口だった。
かなり広いリノリウムのツルツルとした床。病院のようだなと思った。
奥には、生まれて初めて見たのにそれとわかる大きな炉。
ここなのか。
あの煙突が刺さっていた建物。これが。

せっかく作って貰った棺だったが、
お骨を拾うときに木の灰がとても邪魔になってしまうとのことで、
そのまま送らせてもらうことは叶わなかった。
係の人が台と鉄(だと思う)でできた大きな黒い網のような物を運んで来て、
その上に安置するように言った。
「直に置きたくない、せめてタオルを敷きたい」と訴えたが、
棺を入れられないのと同じ理由で断られた。
半泣きで何度もお願いした。あんなに必死だったことはなかったかもしれない。
でも結局どうにもならなかった。
きっと私と同じ気持ちであったであろう父になだめられ、
「にゃにゃこのお骨を綺麗なまま残そう」という言葉に引かざるを得なかった。
今でも悔しい。

一つ一つをきちんと感情を持って記憶していようと決めていた。
だから確かにここまでははっきりと覚えている。
記録することを心がけたので感想を書いていないところが多いが、
しっかり記憶している。残っている。
しかしこの先は、映像の中にいる自分をただ見ているだけのように、
感情がすっぽりと抜け落ちている。
何を感じてどうしたかったのか思い出せない。
途中ひどく泣いて左眼のコンタクトレンズがずれてしまい、
ぼんやりとしか見えない眼でにゃにゃことお別れするのは絶対に嫌だと、
皆に待ってもらって鏡のある場所まで行って直した。
思い出すことができるのは、その「嫌だ」という感情くらいだ。

にゃにゃこを安置したのは誰だったのだろう。
花を手向け直し、おもちゃやタンクトップを置き直したのは。
私は包んでいたビニール袋から出したご飯と、
ペットボトルから器に移した水を用意しただけだった。
泣いている間にすべてが済んでいた。

住職さんに写真を撮っておくように言われたので撮った。
何枚も何枚も撮った。ピントが合っているか否かももうわからなかった。
住職さんの「幸せな子だ」「きれいだ」という言葉が、
少しも沁みることなく流れて行った。
幸せだったのだろうか。
あの最後の日々が焼きつく私には罰のようだった。

係の人がにゃにゃこの乗った台を運んで行く。
「にゃにゃこ、にゃにゃこ」とうわ言のように口走りながらそれに付いて行く。
花とご飯と好きな物たちに囲まれたにゃにゃこ。
何度見ても小さくて可愛らしい。涙でぼやけた眼にもはっきりと映る。
炉にセットされた台の上。
眠っているだけのような顔をして少しずつ遠ざかって行く。
危ないからここでと注意された一歩前で見つめる。
母のすすり泣く声。眼の端には父が手を合わせる姿。

大きな音がする。ゆっくりとシャッターが閉まって行く。
姿勢を低くする。「にゃにゃこ」
膝を折る。「にゃにゃこ」
しゃがみ込む。
一生忘れない。待ってて。忘れないから。
「にゃにゃこ」

シャッターが降り切るそのときまで、
降り切ってもなお名前が止まらなかった。
入れてあげられなかったタオルを両手で握り締めていた。
少しも気づかなかった。
posted by 6 at 07:18| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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