2005年09月18日

台風一過(8)

1時間以上かかるし、ここにいると(にゃにゃこの)においがついてしまうからと、
別室に移るよう言われた。意味がわからなかった。
1時間でも2時間でもいくらでも待てる。
においがつくことは禁忌なのか?
単に嫌悪感としての問題ならばそんな忠告は無意味だ。
にゃにゃこはあそこにいる。
一番近くで最後まで見届けることの何がいけないのか。
頭の中をぐるぐると言葉が巡った。
押し出された言葉は「ここで待ちたい」という一言だったが、
やっぱりなだめられて事務所へ移動させられた。
わがままで強情で子供。
普段の自分からはまず考えられない状態だった。

事務所ではパイプイスに腰掛けながらぼんやりとしていた。
冷たいお茶を出されたが、飲む気にもなれなかった。
どんどん強くなる雨音がうるさかった。

係の人が持って来た名簿に、住所や氏名、にゃにゃこの名前などを書いた。
何枚かページを繰ったが、享年を見ると犬も猫も皆そこそこのお年寄りだった。
にゃにゃこの「推定8歳」が物凄く若く感じられた。
骨壷のカバーを白と赤から選ぶよう言われたが、
どちらの色もにゃにゃこにはしっくりこなくてしばらく悩んだ。
女の子は赤が多いと係の人も言っていたし、私もそう思って赤にしたが、
本当はどうでもよかった。
それがどんな問いであれ、ああいった状況で「選択」を迫るのは無慈悲だ。
普段よりもずっと馬鹿で判断力に欠け、頭の中が真っ平らな状態だというのに。

途中、問い合わせの電話が入った。
ゴールデンレトリーバーを亡くした人からで、火葬についての話だった。
された質問や話が、係の人にとっては「お話にならない」内容だったようで、
電話を受け、それを上司らしき男性に伝えていた女性は、
話を取り次ぐたびに呆れたような声を上げる上司に戸惑っていた。
対応する女性と呆れる上司、上司と話す住職さんの声が飛び交う部屋で、
死が現実として日常にある生活を思った。

電話の主は「最期に一目会わせたい人間がいる」と言っていた。
しかし遺体の状態がもう厳しく、限界らしかった。
レトリーバーくらい大きいと、家庭での完璧な保冷はまず難しいだろう。
「そんな状態で何を言っているのか。すぐに焼くのが当たり前だろう。
今は夏なんだ。ましてや犬なんだ」
電話の主だってわかっているだろう。
目の前で朽ちていくのを見ているのは他ならぬ自分自身で、
話では伝わらない臭いや、伝えられない状態もあるはずだ。
理屈と感情では話が交わることはなく、どちらが悪いということでもない。
会わせたい人が間に合って、無事犬に会うことができたらいいと思った。

飛び交う声を押しやるようにしてイスから立ち上がった。
ガラス戸の前に立って雨降りの外を眺めた。
いつの間にか母が隣に立っており、空を指差した。
「にゃにゃこ」
指の先にはあの煙突。雨をものともせずに煙が立ち昇っていた。
「にゃにゃこが上って行ってるね」
「そっか、にゃにゃこか」
同じようなグレーの空だったけど、はっきりと見えた。

にゃにゃこはもう痛くない。辛いこともない。
それだけが救いだった。
posted by 6 at 01:34| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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