2005年09月30日

台風一過(11)

お寺に着く頃には既に真夏の快晴だった。
車を降りながらしみじみと嬉しかった。にゃにゃこに曇りや雨は似合わない。
本堂の中から住職さんが出てきて、私たちを招き入れてくれた。
母が、胸に抱いたにゃにゃこに向かって二言三言話しかけた。

当たり前なのだが本堂は広かった。
大き目の扇風機が1台あるだけだったが、
風通しが良いせいかとても涼しかった。
全体的に古びた印象で、逆にそれが気持ちを落ち着かせた。
蝉の声がやかましく、そのやかましさの分、生を感じた。
何を見ても聞いても命に繋がった。懸命に夏を生きていた。

見ながら聞きながら、用意されていた座布団に腰を下ろすと、
心の中に散り散りになっていた澱のようなものが、
底を目指して静かに静かに降って行くのがわかった。
奥に消えた住職さんが戻って来るまで、何度か深呼吸を繰り返した。

再び現れた住職さんは、母からにゃにゃこを預かると、
恭しく頭を下げて、掲げるようにして仏前に置いた。
そしてにゃにゃこの名前を再度確認し、私たちに言葉をかけた。
葬儀が始まった。

響き渡る住職さんの読経が心地よかった。
隣に座る母はひたすら手を合わせていた。
涙の波がまた襲って来たようで、何度も鼻をすすっていた。
離れて座っていたので父は見えなかった。
私は手を合わせて祈りながら、
静かな気持ちが加速して行くのを感じていた。

これで終わりだ。
にゃにゃこの苦しみはこれで終わりだ。

私ですらその記憶を毟り取って投げ捨てたい。
触れるほど鮮明に記録された苦しみの日々だった。
前の病院を退院してから8月21日までの丸ひと月。
たった1ヶ月が、半年にも1年にも匹敵するほどの毎日。
にゃにゃこはその日々をあの小さな体で耐え抜いた。
最期まで頑張り抜いた。

残された私たちの悲しみですら補えないほどの苦しみだったろう。
それを完璧に理解することができない愚かさに対しての罰が今の悲しみなら、
一生思い出して思い出して思い出して、
顔を、声を、触れた毛の手触りを、温もりを、
何度でも反芻して生きて行くだけだ。
後ろ向きでも構わない。今の自分にはそうするほかない。
にゃにゃこの苦しみが消えて、今は安らかでいるならもう何も望まない。

精進料理がない以外はまるっきり人間と同じような葬儀だった。
人間の自己満足以外の何物でもないが、
どこかにあるという虹の橋に行く手助けになればいいと思った。
猫に対しても全く手を抜かずに、
きっちりとお経を読んでくださった住職さんに、心底から頭が下がった。

終わりに四十九日の法要もお願いした。
都合のつく日曜日をということで、10月2日に行うことになった。
まだしてあげられることがある。にゃにゃこのために祈ることができる。

本堂を出るとやはり暑く、セミの声はフルボリュームだった。
眩しい眩しいと言い合いながら車に戻った。
今すべきこと、やれることは全力でやった。
完璧ではなかったかもしれないし、悔いが残るところもあった。
それでも表せる限りの愛情を傾けて、精一杯やった。
posted by 6 at 22:29| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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