2005年07月17日

日曜午後の雑談

TOPページがまっさらだ。ここまで何もないと気持ちがいい。
早く直りますように。見てびっくりしたよ。

ユースケ・サンタマリア ナインティナイン 
KABA.ちゃん ベッキー 奥田民生 夜のタモリ


思いつくまま好きな人々を挙げてみた。
KABA.ちゃんやベッキーはともかく、他の人たちは昔から好きだ。

私の中のユースケは暗い。凄く暗い。
何でか知らないが背中を丸めて新聞を読んでいるイメージがある。
「死んだ魚の目をしてる」だなんだといつもタモリにいじられているが、
本当にそのとおりだと思う。あんなにもやる気のない人は珍しい。
珍しすぎてじっくり見ては「ああ今日もやる気がないな」と安心する。
でも好きなんだよな。なんでだろ。

ナイナイは同世代で、なんとなく思い入れがある。
昔は私の中のお笑いと言えばダウンタウンだったのだけど、
いつのまにか同級生に取って代わっていた。
数年前、私生活がしんどかったときにめちゃイケには随分お世話になった。
放っておくと笑えなくなりそうな自分が恐ろしく、
ビデオを何度も繰り返して見ては笑うことを心がけていた。
その癖は今でも変わらない。
見る暇がなくて溜まっていく一方だけど、ビデオは必ず録ってしまう。
めちゃイケがなかったらと思うとほんと怖いよ。

KABA.ちゃんは……私にないものをすべて持っている男。
「キャー!」とか。「やっだー!」とか。

ベッキーは、以前見たNHKの番組(地方に行き、そこの地元の人々と触れ合う)で
心底感心したことがあって、それ以来かなり好きだ。
芸能人芸能人したところが微塵もなく、
本当にサラリと、スーッと土地の人に溶け込んでいた。
押し出しがちな芸能人オーラをうまく操れるように見えた。
あんなに厭味や癖がない若い女の子を久々に見た。

奥田民生は佇まい。あの人は何であんななんでしょうね。不思議でたまらない。
若い頃はそれでもまだ尖っていた気がするけれど(髪型然り)、
ソロになってから悟り度が一気に増し、同時にジジイ化も進んだ模様。
本当に素晴らしい。Tシャツが似合うおっさんは素敵だ。

タモさんは夜限定。昼間も嫌いではないけど、夜のタモさんが本物。
タモリ倶楽部は私にとって見逃しやすい時間帯で、
しょっちゅう悔しい思いをするのだけど、
たまたま見ることができたときは幸福感に包まれる。タモさんラブ。
だが(滅多に見ないが)ミュージックステーションのタモさんは何か辛い。
早く帰っておいでよ……と言いたくなる。

雑談雑談。今日は雑談。
それはまるで日曜午後の再放送だらけのTVのような。

昨夜は物凄い雷雨だった。停電込み。
雹かなんかも降っていたようで、窓や壁に当たる音がやかましかった。
雷が鳴るとなぜ人は驚いて声を上げるのか。
一つ落ちるたびに、母親が「うひょおおお」だの「うわはあああ」だの、
意味不明な叫び声を上げていてまいった。
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2005年07月15日

車に乗る

学生さんの夏休みが近づいているせいか、
町中で教習車を見かけることが多くなった。

車の免許を取ったのは26歳の時だった。
前の会社を辞め時間があり余っていたのと、
当時いんちきバサーとあまりうまくいっておらず、
ヤツの鼻を明かしてやりたい、驚かせてやりたいという一心で、
ある日突然思い立って取りに行くことにした。

バサーは思い出すたび呆れ返るほどにいんちきな男だったが、
いつも私を車で送り迎えしてくれていた。
往復で100qは優にかかるし、遠出したらそれでは済まないのだが、
どんなに眠くても私を家まで送り届けてくれていた。
自分で運転するようになって最初にわかったのがバサーの偉大さだった。
いんちきだったが優しくていいヤツだった。
「俺○○(私の住む町)にどんどん詳しくなってる!何の得にもならねえ!」
といつも笑っていた。
ちなみにバサーのナビもありもしない道を平気で表示してバサーを迷わせるなど、
恐ろしいほどのいんちきぶりを発揮していたのを今思い出した。

それまで免許を取らなかったのは興味がなかったからで、
車が欲しいと思ったこともなかった。
移動手段は徒歩か自転車。遠ければ電車。
近からず遠からずといった微妙なところには基本的に行かない。
会社などでは凄く珍しがられた。田舎なのに免許がないなんてと。
ほっといてくれよ。

教官はずっと同じ人で当時30代前半の男性だったのだが、
なんだかおしゃべりでやかましかった。
「今日は昼にそばを食べました。昨日もそばでした。そば大好き」
「社員旅行で東北に行くんですよ。お土産にリンゴ買って来ますよ」
「カラスが何かをくわえて飛んで行きましたよ!多分木の実」
助手席で、もうずーっと喋ってる。毎回毎回。
「40キロって遅く感じますよねー。もっと出したいですよね」
と言われたときは、思わず「は?」と、真顔で聞き返してしまった。

見きわめやら検定やらを一度も落としたことがなく、
それまでは軽やか過ぎるくらいに順調に進んでいた私だったが、
もはや特技とすら思える方向音痴ぶりが災いして最終段階で躓いた。
いきなり地図で目的地を指されて「ここに行け」って、
そんなもん行けるわけがないだろう。
車なのにうろうろと路頭に迷っている私に、
あれだけおしゃべりだった教官がいつしか地蔵のように押し黙り、
「これじゃあ免許取ったとしても先が思いやられますね」とポツリとこぼした。
ただでさえ目的地がわからずイライラしていたところにその言葉。
「免許取ったらナビつけるからいいんです!!!」
自分でも驚くほどの勢いで教官相手にキレた。

その日の帰り、その教官に呼び止められた。
「本当はいけないんだけど」と言いながら、こっそりと路上教習用の地図をくれた。
誰にも言わないでくださいよと念を押されてありがたく受け取ったが、
無事卒業検定に受かった後、さっさと教習仲間の女の子にあげてしまった。
なんというか人でなしだった。

いいよなあ車は。1人になれるところが本当に素晴らしい。
旅をしているとつくづく思うが、
私は移動するために生きているようなところがあって、
飛行機などに乗ろうもんなら発狂せんばかりにテンションが上がってしまう。
それとまでは行かないまでも車は手軽にトリップできる最高のツールだ。
実際にハンドルを握るようになってしみじみそう思った。

結局バサーとはそのままダメになってしまったけれど、
その後免許を取ったことを報告したら、
私のそれまでのぐうたら振りを熟知しているだけに物凄く驚いていた。
珍しく褒められたのもあの時だったかもしれない。

それから何年か、年賀状には「運転気をつけて」と必ず書かれていた。
信用ないなあとちょっと情けなかった。
posted by 6 at 14:58| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月10日

お祭り

地元では七夕祭りの真っ最中だ。
ピンクや黄色のピラピラした飾りが竹にくっついて垂れ下がっている。
ボーッと歩いていると、それらに行く手を阻まれるのが腹立たしい。

鬱陶しいのだ。
まず人が多い。ワラワラワラワラ。何かいっぱいいるんだ昼間っから。
おまけに車が虐げられる。いつも通る道が通行止めだ。
そうなるともうどうしたらいいかわからない。
方向音痴でわが町の道路事情すらろくにわかっていない私には辛すぎる。
よく知らない道を通ろうものなら祭りに浮かれた馬鹿者どもが、
歩行者天国でない普通の道路だってのに異様に歩道からはみ出して大はしゃぎだ。
おっかなびっくり運転するこっちの身にもなれ。
なんなんだ。

どうせそこらに出ているテキ屋であんず飴買ったり型抜きしたり、
勢いでくじ引きしちゃって貰った景品を後になって持て余したりするんだ。
特に金魚には要注意だ。何であんなに掬って行けオーラが出ているのかがわからない。
まかり間違ってポイを手にしてしまったら最後。
祭りの金魚はすぐ死んでしまうと思われがちだが、
家の金魚は少なくとも6年は生きた。3匹掬ってみんなデカくなった。
軽い気持ちで手を出すもんじゃない。やつらはなかなかしぶとい。
ずっと世話しなきゃいけないのがもう面倒。
中学から短大まで面倒を見たが、最後の一匹が死んでしまったときには
20歳過ぎてるってのに友達の前で泣いてしまったじゃないか。
なんなんだ。

まあそれも今日で終わりだ。
店の客層がいつもとは違うのもひとまず落ち着く。
祭りは子供のものだから仕方ないが、祭りの最中はものの見事に子供しか来ない。
しかし子供は買わない。買わないのに物凄く長居する。
「涼しい〜!」とか嬉しそうに入って来るんじゃない。
無闇に話しかけてくるのもやめてくれ。
差し入れなんかに心が動くと思うなよ。いいからとっとと帰れ。
なんなんだ。でもありがとう。


それにしても夜の8時まで開いている動物病院でよかったと思った昨日だった。
暗い夜も明けたらこんな空だ。
些細なことに喜びを見出すのは特技だが、履歴書には書けないしな。
あと両手の親指が直角に曲がるとか、手のひらが360度回るとかそんなんばっか。

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posted by 6 at 12:29| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月08日

電車の恋・1

世は電車男だそうだ。ちゃっかりビデオに録画しておいた。
ドラマはほとんど見ないが勢いよく流行に乗った。
チビノリダーがあんまりにもリアルで、
各番組に番宣で出ているのを発見するたび、なんかジロジロ見てしまう。
ほんとにねえ、アニメのDVDを買いにくるお客さんそのまんまの姿でねえ。
さすがにケミカルウォッシュのジーパンはないが。

電車での恋、結構よくあることみたいで、私も今までに4度くらいあった。
通勤通学に電車を使っていたのが計7年だから多くはない。
というかいつも不思議に思っていたのだけれど、
大抵疲れきった顔で体で乗っているにもかかわらず、
何を見て何を思って気持ちを傾けてくれるのかと。
満員電車にニコニコしながら乗っている人間なんていない。
経験したことのある人ならわかりすぎるほどだと思うが、
狭い車内はいつも殺伐としていて、
押すか押されるか、取るか取られるか(席を)の仁義なき戦いだ。
友人がいつも言っていた。「電車の中では性格が変わっちゃう」と。
誰もが認める優しくて穏やかな彼女からしてそうなんだ。ましてや私など。


大昔の話。
その人はいつも近くに立っていた。
会社帰り・下りの快速電車、確か6両目一番後ろのドア。
別の車両で痴漢にあって以来、私はそこから乗るようになった。
その人も同じ時間・同じ車両・同じドアの同じ場所にいつもいた。
大きな駅なので物凄い混雑で、踏ん張っていないとあっという間に流される。

私はいつも音楽を聴いていた。
会社から一歩出たらまずイヤホンを耳に突っ込んで音楽。
当時は仕事がかなりハードだったので、
気持ちを切り替えるために意識してそうしていた。
車内では人を探しているか外を見ているか寝ているかのどれかで、
いつもボーッとしていた。何度も言うが疲れていたからだ。

何かこの人いつも近くにいる気がする。
そう思い出したのは確か真夏。その車両に乗り出してから2ヶ月くらい経った頃。
いつも何となく私の近く、しかも背後にいるのだ。
最初は偶然だよな、だって私だし目が合うわけでなしとか思ったが、
さすがに毎日となるとちょっと気味が悪くなり、
確かめようと別のドアから乗ってみた。
いつもの場所からいつもどおり乗ったその人が、いつになくキョロキョロと、
まるで落ち着きなく誰かを探しているかのような素振りをしているのが見えた。

そして半袖が長袖に変わって肌寒くなった頃、
その人が私の降りる駅で降りるようになった。

気味の悪さは最高潮に達していた。
用事があるなら話しかければいい。
コンビニにまでついて来たんだからできるはずだ。
それをせずにただ見送られるのみで、何を考えてやがるのかさっぱりわからん。
何度目かに降りて来られたときは電話ボックスに避難した。
友人に電話をかけ、その人が姿を消すまで話に付き合ってもらった。

その日は特に疲れていて、判断が鈍っていた。
下車したときにまたその人も降りたことを確認したが、
何かもうそれすらもどうでもいいと思うようなやさぐれぶりだった。
ぐったりしながら真っ直ぐに自転車置き場へ向かう途中、ふと気づいた。
私がいつもイヤホンをしているから話しかけて来ないのか?
まさかなと思いながらも、多分初めてその場でイヤホンを外した。
疲れが怖さの上を行っていたんだろうと思う。
その途端、その人が私を追い越した。そして振り向き様言った。

「私は耳が聴こえません」

いきなりで、しかもかなりの掠れ声だったので何が起こったのかわからず、
足を止めて必死に言葉を聞き取ろうとしながら私は頷いた。

「好きな人はいますか?」

その人は「人」のところで親指を立て、私に訊いた。
どうしようと思ったが、正直に言った。頷きながら「はい」と。


(何か長くなったので一旦切ります。ダラダラですみませんね)
posted by 6 at 04:47| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

電車の恋・2

長くてごめんなさいよ。まさかこんなことになろうとは。
続きです。


その人が落胆したのがはっきりとわかった。肩が落ちたのが見えたのだ。
しかし一瞬ののちに微笑んで頷いた。

「ありがとう。それじゃ」

それだけだった。そのままくるりと元来た道を帰って行った。
何ヶ月も何ヶ月も、これを言うためだけにこの駅で降りていたのか。
話しかけられなかったのは、やっぱり私が音楽を聴いていたからだったんだ。
誰だって、自分の都合で相手の邪魔になることをするのは嫌だ。それが一瞬でも。
だから私がイヤホンを外す瞬間を待った。

そして私の好きな人もまた、その電車の同じ車両にいた。
私に「彼氏」でなく「好きな人」の存在を訊いたことからもわかるように、
その人は知っていたと思う。
私の視線の先を辿り、ガッカリした表情を浮かべていたことが何度となくあった。
それは多分、彼がいないことに気づいて落胆する私と似ていただろう。

だからこそ思った。その勇気はどこから来るのだろうと。
もし耳が聴こえなかったとしたら、
私は好きな人に気持ちを伝えられただろうかと。
好きな音楽を聴きながら姿を見ているだけで、
満足と自信のなさをすり替えているような小心者の自分。
答えは明白だった。

泣きながら家に帰った。理由のわからない涙が止まらなかった。
心配した友人が家に来てくれたが、うまく言葉にならなかった。

数日後、私はその人に手紙を書いた。内容はあまり覚えていない。
多分ありがとうとかごめんなさいとか、そんな感じだったろう。
場所が少し離れはしたものの、同じ車両であることには変わらなかったので、
降り際に手渡した。凄く驚いた顔をしていたのを覚えている。

その後、私の降りる駅でまたその人に話しかけられた。
話がしたいと言われたので、当時あった橋の上で並んで話した。

そんなこともあろうかと筆談用に用意してあったノートを取り出すと、
笑って首を振って、「ゆっくり話してくれれば口元でわかるから」と言われた。
どうしてもわからなかったら書くよと。何だか無知な自分が恥ずかしくなった。

名前や住所、年齢や仕事など。
自分が1歳年下だと知ると落ち込むような顔をしたり、
互いの職種がかなりつながりのあるものだとわかって喜んだり、
何だか純粋で可愛らしい人だった。
耳は生まれつき聴こえなかったわけではなく、幼い頃に出た高熱の後遺症だそうだ。
双子の兄弟がいると言っていた。
同じ顔をしているのに一方は耳が聴こえ、一方は聴こえない。
思うことすら無責任だとはわかっているが、切なかった。

凄く寒い日で、私の震えが止まらなくなったのをきっかけに解散した。
別れ際に1枚ガムを貰った。トライデント。今もあるのかな。

それからしばらくして、帰りの電車を待っていた私の前にその人が立った。
「これから飲みに行くんだ」とジェスチャー付きで言いながら、
私に折りたたんだ紙を差し出した。

記憶はそこで途切れている。
私はちゃんと手紙のお礼を言えただろうか。
たとえば「飲み過ぎないでね」と笑って言えただろうか。

手紙には私を応援する言葉だけが書かれていた。
「好きな人を諦めないでください」と。
その後も時々姿を見かけたが、もう話すことはなかった。


ああヘコむなあ。思い出すと必ずヘコむんだこれ。
なんか電車つながりだなーと軽い気持ちで書き始めたらこれですよ。
しかも長編。無駄に長い。まとめるのが下手ですみません。
読み飛ばしてください。

『愛していると言ってくれ』は見ることができなかった。
ちょうど同じようなタイミングで、何でこんな偶然があるんだと恨めしかった。

時々思い出すたびに、その人が幸せであるように結構本気で祈ってしまう。
posted by 6 at 04:44| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月05日

染み込む

季節の変わり目を街中に漂う匂いで感じたり、
ヘコんだ気持ちを奮い立たせるために、好きな香りの中に突っ込んで行ったりと、
生きて行く上では結構鼻の存在も馬鹿にできないと思う。
美味しいものを食べたり好きな音を聴いたりと、
ポジティブへ向かう方法はいろいろあれど、
匂ったり香ったりは何しろ手っ取り早いのが良い。

友人とビアガーデンに行ったときのこと。
なぜか「生中」という言葉がツボで、「生中」「生中」とアホのように注文した。
テーブルにはジョッキの山。
ビールは即排出される水道管のような便利な体をフル活用して、
飲んでは出し飲んでは出しを繰り返していた。
何度目かも忘れるくらいのトイレをこなし、手洗いの前に立つ。
温い水に濡れた手をハンドタオルで拭き、そのまま何となく顔の下半分に当てた。
すうっと息を吸い込むと洗濯物の匂い。うちの匂いだ。
その瞬間、酔いがパッと醒めた。

気づけば7月の上旬で、今年も半分が終わった。
半年前にはセーターやらコートやら着ていたことが信じられない。
重度の冷え性で、常に爪の根元が紫色になることや、
下手したら21世紀だってのに霜焼けを作ってしまう昭和チックな人間としては、
とにかく一刻も早く春を!いやなんならいきなり夏でも可!と思うわけです。
冬から春へ、春から夏へと切り替わるときにもまた匂いがして、
それを感じることができた瞬間は本当に心が躍る。
春になる瞬間は何となく埃っぽい。色でいえば山吹色で、暖かな空気。
夏を実感するのは夕立前後のあの湿っぽさ。
雷のオマケがつくところなんてさらに良い。夕立は大好きだ。

猫の寝込みを襲ってお腹に顔を埋めるのもやめられない。
どうしてあんなに温かで幸せな匂いがするんだろう。
これまたほんの少し埃っぽくて、でも干した布団の匂いのようでもある。
「うーおー!いい匂いー!たまんねえ!」等と叫びながら匂う匂う匂う。
鬼畜だ。

会社員時代、給湯室で女の先輩たちと話をしていたときのことだ。
高橋さん(男・実名)がプラッと入ってきた。
私の前を通り、多分ゴミか何かを捨てた。
すると嗅いだことのある香り。普段はつけない香水をつけていた。

社内恋愛の相手とデートだな!今日は金曜だしな!
隠してるけど課の全員にバレてるぞ!社内メールでラブレター回してるんじゃねえ!

そんなことを思い、脳内でニヤニヤしながら「○○(香水名)だ」と呟いた。
高橋さんは「お前何で男の香水まで知ってんだよ!」とうろたえて、
「何かいやらしいヤツがいる!」と喚きながら出て行った。
いやらしいとは失敬な!と憤慨しながらも、
そういえば何でわかったんだろうと我ながら不思議に思った。
香水には全く詳しくない。自分がつけるものしか知らない。ましてや男物など。

しかしすぐに思い出した。
10代の頃、大好きだった一回り年上の男の人が好んでつけていた香りだった。
一瞬香っただけ、過去の一部に触れただけで、
通い詰めた東京の街や、歩きなれた坂道、とても広く見えたスーツの背中、
疲れて帰る電車の中の光景を一気に思い出した。
そして一生懸命すぎて今思うと泣き笑いな感じになる、あの頃の自分をも。

思い出ごとに鼻先をかすめる香りが違う。
嗅覚が最も思い出に染み込むものらしい。


散々書き散らかして今さら何だが、これ全然日記じゃないな。
いつものことだがごめんなさい。

posted by 6 at 15:43| 埼玉 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月03日

おっさん

女装している男を見た@ホームセンター。
私の隣で猫缶を物色していた。

「おっさんがいるな」と思ったのだ。
カートをドライフードと猫砂で山にして、猫缶を選んでいるおっさんが。
私は、ずっと品切れ中だったあの缶詰入荷したかなあと、
暑さにボーッとしつつ棚の前に立ったので、はっきりと確認したわけではない。
でも何というか、わかりますよね?
目の端っこにチラッと見えた肩幅だとか髪型とか、そんな感じのアレが。
そのアレの印象が丸ごと男だったわけです。

そのおっさんの真ん前に私の欲しい商品があった。
おっさんは物凄く邪魔であった。
しかも何かブツブツと、聞き取れないくらいの声で独り言を言っている。
邪魔だなー喋ってないでどいてくんないかなー。
こういうときはさりげなく場所を詰めれば相手は察してくれるものだ。
そう思い、おっさんとの間合いをほんの少しだけ詰めてみた。
するとおっさん、察するどころか私に近寄ってきやがんの。
ちょっとあんた、間違ってるよ!

もしかしたら私が動いたのがわからなかったのかもと思い、
3回繰り返したが3回とも同じことだった。
私詰める→おっさん寄ってくる→私おののいて遠ざかる→おっさんそのまま
気づいたら元いた位置より随分右に来ちゃってる私。

温厚な私だが、商品に近づくことすら許されないとあってはさすがにムカッと来て、
ちょっと離れたところからおっさんをじろっと見た。
相変わらず何事か呟くその背中と胸板、髪の刈り込み具合は紛うかたなくおっさん。
だけど穿いているのはスカート。しかもマーメイド。
当然脛毛ゼロ+ストッキング着用。可愛らしいサンダルまで履いている。
どうでもいいがそのときの私の格好は、Tシャツ+膝丈のパンツ+スニーカーだった。

そうか女装か。私は何となく納得した。
私には男装の趣味はないので推測でしかないが、
おっさんは私にさりげなくアピールしていたのだろう。気づけと。
もちろん趣味で好きだから女装するのだろうが、
するからにはやはり気づいてほしい、きれいな自分を認めてほしいという
自己顕示欲みたいなものが発生するのではなかろうか。
猫缶を選ぶ横顔からはうっすらと化粧が施されているのがわかった。
おっさんたら何となく楽しそうで、格好も見て不快になるものではなかった。
まあ可愛いってわけでもなかったんだけど。

商品を手にレジに行くと、またもおっさんと遭遇した。
カートの中はさらに山になっており、レジの女の子は四苦八苦していた。
おっさんは「ほんとすみません、僕が自分で袋に入れるので」と、
何度も何度も謝りながら女の子と手分けして袋詰めをしていた。

何匹飼ってんだよ!と突っ込みたくなるような量だったのがすごかったが、
おっさんと暮らす猫は幸せそうだなとちょっと思った。
もしかしたら初めて猫を迎える人なのかもしれないが、
猫缶を物色している間、よくよく聞いてみるとおっさんはずっと、
「どれが好きなのかな。どれなら食べるんだろう」的なことを言っていた。

今度会ったら話しかけてみよう。
posted by 6 at 04:45| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月26日

職人技

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いつの時代なのかはっきりわからないけれど、
どこかの職人さんの手によって丁寧に彫られた花と鯛。
木製の型なのだけれど、さて何に使うものでしょう。

母方の祖父は和菓子の職人だった。
祖父の代で終わり、子供の誰にも跡継ぎを強要はしなかった、
田舎の小さなお菓子屋さん。
私が生まれて母の実家に遊びに行くようになった頃には既に和菓子は作っておらず、
店ではスーパーで売られているようなお菓子を売っていたので、
祖父がこんなものを使っていたことを知らなかった。

祖父が亡くなった後、形見分けをしていたときのことだ。
「誰も持って行かないなら孫のおもちゃにでもするかな」
親戚のおばさんがそう話しているのが聞こえたので見に行くと、
古びたダンボール箱の中にたくさんの型のようなものが入っていた。
落雁の型だった。
どれもが使い込まれた物だけが持つ特有の柔らかな手触りで、
でも歴史の分だけずっしりと重くて、触れたときにとても不思議な感じがした。
これを砂場で使ったらさすがにじいちゃん泣いちゃうよと思ったのと、
純粋に手元に置いておきたいと思ったのとで、
親戚の中では割と人見知りで通っていた私だが、迷わず「私が貰う」と宣言した。
母は「そんなの持って帰ってどうすんのー」と呆れていたが、
これとこれきりになるのは絶対に嫌だと思った。

祖父は常に微笑んでいた。本当にその印象しかない。
怒られたこともない。聞けば母も怒られたことはないらしい。
煙草をパイプで吸っていた、優しいじいちゃん。
遊びに行くたび、店先のお菓子を好きなだけくれた。

祖父は自分のことを自分からはほとんど話さなかった。
その娘の母も同じく自分のことについては無口で、
世間でいうおばさんとはかなり違う。
だから祖父がこんなかっこいいものを使ってお菓子を作っていたことも、
子供だった母がいつもその手伝いをしていたことも、全く知らなかった。
聞きたかった。多分祖父のことだから照れて教えてくれないだろうけど、
私の知らない話をたくさんしてほしかった。

手伝いが嫌で嫌で仕方なかったと言うわりに、
やけに細かく覚えている母に聞いた思い出の中で笑ったのは、
夏になるとかき氷の出前をしていたという話だ。
電話だか伝言だか知らないが注文が入る。「佐藤さん、氷3つ」とかそんな感じか。
祖父が専用のガラスの器に氷をかき、シロップをかけ、岡持に入れる。
それを持って子供の母と下の弟が佐藤さんちを目指して店を出る。

「出前は近所限定。溶けるから。夏だし」
「近所だって溶けるでしょ?」
「着く頃には半分水だったね」

半分になったグズグズのかき氷。
それを小さな2人が岡持から出して佐藤さんに渡す。
代金を貰い、元来た道を帰る。暑い中。
かき氷の器も見たことがあるが、昔のガラス特有の厚ぼったさと涼しげな色が、
古いものとは思えないくらいにきれいだった。

体が浮き上がるんじゃないかってなくらいに暑かった昨日、
なぜかそのことばかり思い出していた。
というか、そのかき氷が食べたかっただけなのかもしんない。


栗饅頭とか寿とか波とかかわいい鳥とか
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物凄くおめでたそうなのとか富士山とか鮎とか梅とか
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お菓子に細工をほどこすときに使用した、柿渋が塗られている紙
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2005年06月23日

ほんのりと淡々と

ほんのり疲れている。
ほんのり眠い。

乗り物に乗っているときのうたた寝って、物凄く気持ちがいいですよね。
最近は車にしか乗らないのでさすがに眠れないけど、
堅気の会社員だった時代は電車とバスを乗り継いでいたので、
吊革につかまったまま立ち寝とか得意だった。
カックンってなっちゃって恥ずかしいんだけど、
いつしかそれにも慣れていくという不可思議。

不可思議といえば、日本各地での家族同士の殺し合いがその最たるもの。
嫌な連鎖だ。どうしてこんなんばっか続くんだろうな。
殺した人も殺された人も、生まれたときは笑顔と祝福の中にいたんだろうに。

あの蒸し暑い防空壕の前で、泣きながら無言で立ち尽くしていた私たちに、
タクシーの運転手さんは缶ジュースを手渡しながら言った。

  昔ここで起きたことを、今見ている若いあなた方が、
  忘れずに伝えてください。
  してはいけないことをしてしまったということ、
  忘れずに伝えてください。
  私たちは敵を恨んではいない。彼らは手厚い看護をしてくれました。
  ただ私たちは敵ではなく味方に見捨てられたことが悔しい。
  それだけが辛いのです。


淡々と、何気ない話のように。
缶ジュースのお金を払おうとしたが首を振って微笑んで、
「私の気持ちです」とだけ言った。あの強い訛りで。

命は奪うものでも奪われるものでもない。
守ることに日々必死だ。

寝ている母やにゃにゃこやにーすけのお腹が呼吸で上下していると、
泣きそうなくらいありがたく思う。

たまには誰も死なない日があってもいいだろう。最近ちょっと辛いもんで。
明日がその日でありますように。

死んだら団子も食えんもん。

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左から 味噌 よもぎ餡 枝豆 梅しそ。
これがね、もう美味いんですよほんと。
posted by 6 at 23:45| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月19日

桜桃忌

太宰はあのとき絶対に死ぬつもりはなかったと思うんだよな。
いつもの癖で心中を持ちかけてみたら、今度こそ本当に死んじゃった。
現場の土手に足掻いたような跡があったというのを読んで、
なんだかますますそんな気がしてならない。
バチが当たったといえばそういうことなんだろうけど、
それにしても新聞小説連載中にそれはないだろうと。
続きを永久に読めなくなってしまったこっちの身にもなれと。
まずそうな顔でさくらんぼ食ってる場合かと言いたいわけです。

最近は遠ざかっているものの、
年に一度、新潮文庫の太宰治の小説を通して読むのが以前の私の恒例行事だった。

『晩年』で暗く始まるためいきなり気が滅入るもののぐっと堪えて、
遥か彼方に見える中期の明るさを頼りに読み進める。

よく言われることだが、中期の太宰は結婚したせいか落ち着いていて、
それが作品にも如実に表れている。
この頃はなんというか伸び伸びとしていて、混沌とは遠い。
太宰に触れたのは『人間失格』と教科書のみという場合、
この人から暗さを取ったら何も残らないような印象を持つことも多そうだけど、
中期の作品を読んでもらえれば払拭されるのではと思う。
『新樹の言葉』や『右大臣実朝』はとても好きで、何度となく読んだ。

まあ最終的には『人間失格』なことは確かで、挙句入水だからなあ。
そんなとこで終わっちゃってあんた何やってんのよと、呆れるやら悲しいやら。

初めて太宰をじっくり読んだのは高校3年の頃だった。
文系のお決まりのようにハマってしまい、
今となっては言うのも小っ恥ずかしいが心酔しきっていた。
ちょうど時期が受験の頃だったのだが、勉強そっちのけで読み耽っていた。
あの大学を滑ったのは太宰のせいだ。
何もあんなにおもしろいものを量産することはないじゃないか。
しかし後悔はしていない。お宝に気づけて幸運だった。

今どきの若者は読まないのかもしれないな。
自分の人生もなかなかヘヴィーなんじゃないか?と気づき始めてしまう
大人になってからではなかなか手が伸びないと思うので、
未熟な自分をわかっているけど、でもどうしようもないという年齢の頃に読んでほしい。
普通におもしろいしね。

しかし昔は『如是我聞』を読んで、ううっと涙の一つもこぼしたものだったが、
最近読んでみたらちょっと笑えて、その後軽く腹が立った。
太宰め。いろんな意味で嫌なやつだな。だけどやっぱり好きだ。

魅力ってなんなんだろう。ちょっと考え込む日曜日。
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2005年06月15日

いんちきバサーの誕生日

その夏は釣り三昧だった。

もともと私はインドアで夜行性だった。
学生時代などは見事に昼夜が逆転していたし、
物凄くものぐさで、どこかに出かけるよりは部屋でビデオを観ていたい。
友人であればこれに飲みが加わるのだけど、
恋人だとか彼氏だとかいわれる存在だとそうもいかない。

あんなにアホみたいに外で遊んだ夏って記憶にない。
それまでもこれからも、本当にあの夏きりだと思う。

そもそも釣りに行きたいと言い出したのは私だった。
山の渓流釣りにぼんやりとした憧れを持っていたのだ。
きれいな空気と水、引きを待ちつつ岩場で昼寝。
そんなのんびりとした妄想で頭がいっぱいだった。
まあのんびりって時点で勘違いなんだけど。
釣りはせっかちな人により向いているとはよく言われることだ。

その人は釣り好きだった。「バサーと呼べ」と豪語していた。
仕事が定時過ぎると残業の合間を縫って釣具屋に行き、竿を見て回っていた。
一度私の部屋にゴキブリが出やがり、慌てて電話をしたことがあったのだが、
そのときも当たり前のように釣具屋にいた。
「ゴキブリが出たから助けろ」と訴える私に、
笑いながら「えー、今竿見てるんだけど」とにべもない。
恐ろしさのあまりゴキブリの動きを悲鳴つきで実況する私に、
「自分で何とかしなさいよ」とさらに冷たく言い放った。
実況途中でゴキブリは外へ出て行き、結局笑われただけで電話を終えたのだが、
よく考えると電車で1時間かかる場所にいる相手に助けろも何もなかった。
もっとも近くにいたとしても竿を選ぶだろう。そういうやつだ。

そういうやつだからこそ、釣りに連れてけという私の願いは渡りに船で、
何から何まであっという間に用意してくれた。尋常ではない迅速さで。
ただし場所は山でなく霞ヶ浦。バス釣りといえば、のあの場所だった。
そこでもう私の夢は脆くも崩れ去ったわけだが、
まあ『釣り』自体に憧れがなかったわけでもないのでよしとした。
しかし自分で希望しておいて言うのもあれだが、用意や説明をする姿を見て
なんでこの人こんなにノリノリなんだろうと思った。

何しろ霞ヶ浦までが遠いので、早起きしてドライブがてら行くことになるのだが、
早朝の道路の空き具合や明け行く空の色が、
あれほど気持ちのいいものだとはそれまで知らなかった。
2人で必死で眠気を我慢しつつ、音楽に合わせてよく合唱した。
何というか、バカな2人だった。

しかしどちらかというとバサーは私の方だった。
私の前で自称バサーはブラックバスを釣り上げたことはなかった。
初めて垂らした私の釣り糸にデカいバスが食いついたのだが
(ビギナーズラックですね)、
それを見たバサーは「俺そんなデカいの釣ったことない!」と驚愕し、
「頼むから竿を持たせてください」と情けない声を出した。

デカいのどころか果たしてバス自体釣り上げたことがあるのか。
そのバスを写真に収めようと私が車にカメラを取りに戻っていたときに、
後ろで見ていた若い女の子の嬌声にニヤニヤし、
バスを見せびらかした拍子にうっかりリリースしてしまったバサーに私は訊きたかった。
本当は陸バサー(そんな言葉はないが)なんじゃないのか。
選び抜いた釣具を手に、タオルで頭を括り、
日焼けも構わず竿の先を見つめるその割に、
釣れるのは常にブルーギルだったバサーに私は訊きたかった。

当時仕事について悩んでいたバサーであったが、
いつものように釣果は無事ボウズで終わった帰り道、
車の中で唐突に「決めた。俺釣りキチ四平になるわ」と抜かし、
「おーれは釣りキチ四平だ〜い」と歌い出したことがあった。
大笑いしつつも、家に帰ってからほんのり心配になった。

今日はそんなバサーのお誕生日。
おめでとう。元気にしてるかい?
posted by 6 at 15:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月09日

敵発見

今日はなんて暑いんだ。

昨日、仕事が終わってからビデオを借りに行った。
最近ガンダム(1st)にハマっていて、昨日は5巻を借りるつもりだった。
「今日の日記は長すぎたなー、ああいうのを冗長っていうんだぜ」
と反省しながら棚の前に立つと、ない。
4〜6巻のところがポッカリと空いている。

思わず我が目を疑った。
1巻から1本ずつチビチビ借りていたからわかるのだが、
追随してくる者など誰もいなかった。
おまけに私が5巻を借りる(借りようとしていた)のは2度目なのだ。
1度目は、4話収録なのになぜか3話収録だと勘違いして、
肝心のランバ・ラル特攻を見忘れたまま返してしまった。それが一昨日のこと。
その時点では全巻揃っていたというのに。
なにこれ。日記のバチかなんかか。

誰だ!あんな空気の読めない借り方をした輩は。
よりによって今のこの時期に1stガンダムを借りることはないじゃないか。
映画やってるみたいだし、ΖにしなさいよΖに。
もうランバ・ラルが気になって気になって。

気になるといえばもう一つ。
人は目を擦るとき、なぜ鼻の下を伸ばしてしまいがちなのか。
ムモーって感じで伸びる。緊張感の欠片もありゃしない。

最近好きな飲み物。

DSC00139_1a.JPG

水にレモンを絞っただけのもの。
冷たくして飲むと、もういくらでもいける。

posted by 6 at 15:31| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月08日

レコ屋

さっきまでゆずの告知キットと格闘していた。
今日発売のベスト盤用の物で、数枚のポスターと大量のフライヤーなどが入っている。
販促用に送られてくるわけだけど、効果があるのかはちっともわからん。
なぜなら外資系のデカいCDショップとは違い、うちは個人経営の小規模な店。
何かに似てると思ったがあれだ、おばあさんとかが居眠りしているタバコ屋。
1人で店番をしているところなんてそっくりだ。
カウンターでウトウトして、開いた自動ドアの音に驚いて目が覚めたりもする。
基本的に春の陽だまりのように長閑で暇な店だ。

しかしそんな店でも万引はある。
万引する人には特徴というか共通点があって、来店した瞬間にピンと来る。
いつも眠そうな顔をしていると言われるし、
実際に常に眠くてボーッとしているこの私にすらそれがわかる。

以前、高校生男子5人組をとっ捕まえたことがあった。
全員いかにも部活帰り、しかも運動部です的なバッグを肩に背負っており、
1人のチビっ子を除いて皆物凄くデカい。デカいというか長い。
しばらくそれぞれバラバラに店内に散っていたが、
いつのまにかその長い4人がカウンターの左手の棚の前に一列に並んで、
品定めをしていた。
私はカウンター内でPOPか何かの書き物をしていたが、
目の端で4人が何をしているかはなんとなく把握していた。
長いので物凄い圧迫感があったが、怪しい動きはなかった。
あと1人、残りのチビっ子はどこだと、店内を見回したが姿が見えない。
あれ?と首を伸ばして4人の方を見ると、いた。
チビっ子は4人の真ん中に挟まれるようにして立っていた。
カウンターからは見えないよう長さを巧みに利用して(って知らんけど)、
死角を作っていたのだ。
私がそれに気づいたまさにその瞬間、
そのチビは棚から抜いたCDをシャツの中に入れた。

何回経験しても汗が吹き出る瞬間で、しかも相手は高校生男子5人である。
やられたよ!どうするよこれ!店長に電話か?いや間に合うわけないな。
頭の中がグルングルンしながらも、とりあえずカウンターを出て、
壁のような5人の向こう側に回り、平静を装いつつそれぞれの手元辺りを覗いた。
5人は棚に並んだあたりから一言も発していない。
私の視線が意味するものも当然わかっており、緊張が伝わってくる。
もちろん私は私で緊張が沸点で、狭い店内が異様な熱気である。

5人が来店する直前に棚の整理をしていたため、
チビが立っていた場所からして盗ったCDは大体目星がついていた。
「ちょっとごめんなさいね」などと言いつつ、その場所の棚を見た。
やっぱりなかった。あるバンドのマキシシングル。かなり古い物だった。

チビは目が泳ぎっぱなしで他の4人もそのまま硬直している。
普通万引した人というのは、商品を盗ったら即店から出るものなのに。
これはいけるか?
思い切って訊いた。長いのが相手だとか、チビ混ぜると5人だとかは忘れていた。

私 「ごめんね。今、見えちゃったのね」
チビ「…いや、何もしてないです」

超狼狽。顔が真っ赤だ。

私 「シャツの中に入れたよね?」
チビ「意味がわかんないです」
私 「本当のこと言ってくれたら今回だけは誰にも言わない。店長にも黙っておく。
   だから嘘つかないで。万引はまずいよ」
チビ「…すいませんでした!」

呆気なく陥落。
シャツの中から防犯用の管理カードがついたままのCDを差し出した。

店内の緊張がふっと緩んだ瞬間だった。
私は思わず「もーっ!万引なんかすんじゃないよー!!!」と怒鳴った。
でもなぜか半笑い。反動で笑いが来てしまったようだった。
釣られて5人もバツが悪そうに笑った。
凄い緊張しただの○○(盗もうとしたCDのバンド)の身になれだの、
言ってどうすると思われるようなことを5人に散々言い散らかした。半笑いで。
「顔も覚えたし、今度しやがったらただじゃおかねえ」と宣言した。半笑いで。

5人は何度も謝って小さくなっていたが、帰り際、
「やべえ、緊張したら鼻水出た。ティッシュください」などと図々しくも言っていたので、
本当に反省したのかどうかはわからない。
「ちょっとあんた、ふざけんじゃないよ!」と言いつつも1枚やった私も私だが、
あれからあの5人は見ていない。
1度でも来店したお客さんの顔は自然と覚えるものなのだが、あれきりだ。

その5人がドアから入ってきたとき、チビだけが私の顔をじっと見た。
大きい声では言えないが、それが万引する人のいくつかある特徴の中の一つなのだった。
ちなみに当然店長にも報告した。
「頼むから危ないことだけはしないでくれ」と懇願された。


それにしても今日は暇だ。いやいつもだけど。
posted by 6 at 15:33| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月06日

山の娘

DSC00121.JPG

昨夜の夕飯のおかずにこしあぶらの天ぷらが出た。
前日に弟(既婚)がたくさんの山菜を持ってきてくれたのだけれど、その中の一部。

弟のお嫁さん(可愛い)は山奥出身らしい。
どのくらい山奥なのかというと、彼女のおじいさんが山菜を取りに行った際、
背後で足音がしたので「曲者!」と憤り振り向くと、
その曲者は熊だったというくらいに山奥(互いに驚いて逃げ出したそうだ)。
しかもその山菜ポイントはおじいさんしか知らないらしく、
家族にすら教えないという頑固ぶりがまかり通るほどに山奥。

毎回実家に行くたびに大量の山菜をお土産に持たされるようで、
今回はこしあぶらの他、ぜんまい・うるい・エリンギなどなどを貰った。
しかしエリンギ。あまりに唐突だったので笑った。
売っているものより遥かに太くて立派だったし。

彼女が弟のお嫁さんになってくれたおかげで初めてこしあぶらを食べたのだけど
いつ食べてもこの天ぷらは美味しい。苦くなくアクも感じない。
一心不乱に食べたので、昨夜は天ぷらのみで腹一杯。満足。

弟夫妻はとても仲が良い。
結婚してから明らかに弟の味覚が変わった(山奥仕様)し、より優しくなった気がする。
年下のお嫁さんだからというわけでもないのだろうけど、
責任感やら何やらがようやく出てきたのだろう。
結婚する、と2人で家に報告に来た際、
「本当にいいの?これ(弟)で本当に後悔しない?
まだ若いし可愛いんだもん、結婚してからじゃ手遅れだよ!」
となぜか必死に訴え、彼女に大笑いされた。
弟はその傍らでまさに「……」という感じで黙っていたが、
よくよく考えると、嫁にも行かずにぐうたらしている人間のセリフではないなと今さら思った。
失敬失敬。

今日は快晴@埼玉。
休日なので、用事を済ませてからぐうたらしよう。
posted by 6 at 13:41| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月05日

誕生日と親友

もう過ぎてしまったけど、6月1日は誕生日だった。
1週間くらい前に、去年は誕生日が迫っていることを3日前まで忘れていて、
物忘れもここまで来るといよいよかと思ったことを思い出した。
今年はよくやった。自分。危なかった。

友人からお祝いのメッセージを貰い(ありがとう)、
親からはこの年になってケーキを貰い(いろいろすみません)、
親友からは例年通り配達日指定でプレゼントが届いた。
ここのところずっと、彼女の誕生日には何もしていないというのに
(ほんとごめん。超ごめん)。
今年はちゃんとする。計画してても忘れてしまうのはなんでだ。

彼女とは短大からの付き合いだから、14、5年になる。
よく愛想が尽きないなと思う、彼女の。
繊細で優しくて、事によっては頑固な場合もあるけど、
他人を不快な気持ちにさせることがまずない。
私のやることをいつもおもしろがり、最初に理解してくれる。
好きな音楽や絵、小説なども、彼女にだけは教えたり薦めたりしてきた。
デビュー当時、ごくごく一部の音楽好きにしか知られていなかったスピッツも、
私たちの間では当たり前の存在で、当たり前にライヴに行っていた。

実はどんなときも私が勝手に引きずり込んでいるだけで、
本当は呆れ返って何も言えないだけなのかもしれんと今思ったが、
それではあまりにあれだ。

彼女は悩み屋で、いつも何かしら心の議題を抱えている。
簡単に他人には心を開かない方だけど(その辺頑な)、
寂しくなると私を思い出すらしい。
それを聞いたときに「普通は思い出すべき相手は男なんじゃないのか」と
思うだけでなく実際に彼女にも言った気がする。
20歳の頃、どうしてそんなに私の好きなものに興味を示すのか訊いたことがあった。
彼女からの答えはこうだった。
「○○(私)といると、探してる答えが見つかる気がする」

何を探しているのかは、きっと彼女にもわかんないんだろうな。
私にもわからないし、多分誰にもわからない。
生きて行く意味とか、人生の意義。
なぜ生まれて死ぬのか。喜びと悲しみが与えるもの、その意味。
そんな話を気が遠くなるほどしてきた私たち。
なんて暇なんだ。

振り回してばかりでほんとごめん。
今年の11月にはちゃんとプレゼント贈るから覚悟しとけ。

支えてくれてありがとう。
あなたが思うよりずっと、私はあなたに助けられてるんだよ。

沖縄本島の防空壕で泣きながら自分の無力さを思い知ったときも、
音楽の持つ力を鳥肌を立てながら感じたときも、
初めて竹富に行ったあの旅も、
いつも彼女と一緒だった。


仲間うちでは持っているものの、初めて個人的なブログを作ってみた。
特に誕生日だからというわけではなく、思いつきです。
思いつくままいろいろ書いていけたらと思う。

posted by 6 at 11:43| 埼玉 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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