2005年11月09日

いかれた彼に感謝(驚)

佐藤くんが亡くなってからもう6年以上になる。
早かった。嘘みたいだ。
知ったときの衝撃は、まだ昨日のことのようだ。

あの日、確か夜中にぼんやりと音楽番組を見てたんだ。
いろんなバンドのクリップが細切れで流れていて、
その一つにたまたまFishmansのものがあったんだ。
Fishmansが地上波に乗るなんてすごく珍しかった。
そしたら画面の上の方だか下の方だかに出てたんだ。
「ヴォーカルの佐藤伸治さんがお亡くなりになりました。
 ご冥福をお祈りいたします」

え?え?何て?今何て書いてあった?
一瞬で読み取ったくせに、わざわざ口に出して何度も疑った。
錯覚?え?間違い?死んだ?佐藤くんが?

当時の私にはネットで調べるという手段がなかった。
誰か詳しい友人にと思ったが、仲間内で一番詳しいのは自分だった。
ファンクラブなどには入っていなかったが、
ただただFishmansの音楽が好きだった。
初回盤の1stアルバムは発売日に買った。ライヴにも何度も行った。
今もこうして書きながら、手が震えるほど彼らが好きだった。

本当のことが知りたかった。
どうしたら良いかわからず、当時とてもよくしてもらっていたCDショップに行った。
いつもの店長さんと女性の店員さんがいた。
「詳しい理由はわからないんだ。内緒じゃなくて。
 亡くなったことだけを伝えるFAXが1枚入ってきただけなんだよ」
多分ひどい顔をしていたのだろうと思う。
それきり言葉が出なくて黙ってしまった私に、
「ずっと、ずっと好きだったんだもんな」と、
店長さんまでもが暗い面持ちになった。

悲しいのとも違う。
記憶を辿るとそこに大きな穴が開いているのがわかる。
意味がわからない。なんて理不尽な。開かなくてもいい穴が開いた。
Fishmansは、佐藤くんには代わりになる人がいない。
誰だってそうだ。代わりなんてありえない。
でも、彼らだけは特別で最上だった。
浮遊。トリップ。酩酊。
音を鳴らすだけで容易にそれをやってのける、唯一の存在だった。

何をどうしても信じられなくて何日も過ごした。
軽く跳ね上がる水しぶきで、
そこにだけボカシがかかった雨の日の道路みたいに、
視界の隅がよく見えなかった。

CDを再生すると佐藤くんの声がする。
聴き慣れた、でも何度でも浮かび上がることのできるこの声。

 なぐさめもなく やさしさもなく そっと過ぎてく季節を
 はしゃがないで見守ってた あの人に驚きと感謝込めて
 歌うだけだった そう全部


何回聴いてもやっぱり好きだなあ。全然飽きないよ。
でももう、新しい曲は聴けないんだな。
死ぬっていうのはそういうことだ。

頭の中で何かがカチッとはまった音がしたような気がした。
「新しい曲はもう聴けない。なぜなら佐藤くんが死んだから」
出したくなかった答えが出てしまった雨の日、
車の中で大音量のFishmansを聴きながら、一度だけ泣いた。

佐藤くんは天才なので、語れば語るほど自分が馬鹿者に見えてしまう。
いろいろなところで評論やら何やらされているので、
もしも興味を持たれた方がいらっしゃったなら、
ココとかどうでしょう。読みやすいです。

で、何でいきなりこんなことを書いたかという話ですよ。
CDが出た。DVDまで出ちゃった。
CDは1コインで、夢のような夜の歌「いかれたBaby」と、
JASRACにビビりつつ上に歌詞を抜粋した「感謝(驚)」、
浮遊には欠かせない声のアイテム「Weather Report」の3曲入り。
全部ライヴバージョン。DVDもライヴを収録したもの。

朝からうちの店はヘビロです。
普通の店なら今の時期はBENNIE Kだよ。どうなってんだうちは。
しかもシングルだからすぐ終わっちゃって、忙しないことこの上ない。

でも幸せだ。
ずっと昔の音なのに声なのに、いつ聴いてもそこで流れる水みたいだ。
周りにFishmansのファンなんて一人もいなかったけど、
だから喜びも悲しみも分かち合う人がいなくてつまらなかったけど、
好きでいてよかった。見つけることができてよかった。
自分の中のレゲエもダブも柔らかなロックステディも、
そういえば全部Fishmansから始まったんだったよ、佐藤くん。
posted by 6 at 13:51| 埼玉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月26日

現実とは無関係です

物事の見方や視点、好みは人それぞれだ。
天真爛漫、複雑、神経質、馬鹿。いろいろあるだろう。

想像のような小難しい話を繰り返して、経験していないのにわかった気になったり、
したくなかったのにぶち当たって、途方に暮れたけど知恵だけはついたりと、
浅はかさと行き当たりばったりの連続で生活というのは構成されている。

例えば映画を観て悲しく割り切れない気分になるのは、
私にとっては時間の無駄で最もくだらないことだ。
計算し尽くされた何かや不条理、映画になるようなものは確かにあるだろう。
でも嫌いだ。理屈ではなくて。
笑いの存在しない世界には生きられない。

癖のようなものだろうと思う。
朝起きるたびに「昨日は夢じゃなかったのか」と思うような日々でも、
目を凝らして笑いの種を見つける。それだけに心を砕く。
悲壮な顔をして笑っているのは本末転倒だろうと思いながら、
真っ暗だからこそわかる光みたいなものを必死に探すのだ。
何も考えていない振りをして。

サンボマスターは言った。
「悲しみで花が咲くものか」
あまりに端的に私の信条が叫ばれていて焦った。

そうなんだよ。それなんだよ。
わかっているから、悲しみを知っているから、そこでないところに花を咲かせる。
咲かせたいと思うのよ。

暗い気持ちになっている暇などない。
そんな暇があったらご飯食べて風呂入って寝る。


<今日のにー・にゃにゃ>

送られて来た諸々の魚をチェックするにゃにゃこ
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お前はふざけているのか
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posted by 6 at 06:53| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月19日

キラキラパノラマ

昨夜、布団の上に寝転がりながらTVを見ていたとき。
ついていたのはスカパーのスペースシャワーTVだった。
スカパーを見ているときは大抵スペシャかMUSIC ON TVかVMCで、
中でも淡々と音楽だけが流れている番組ばかりを選んでしまうのだけれど、
昨夜もそんな感じでぼんやりと眺めていた。

流れていたPVでは傘を持った可愛い女の子がウキウキ歩いていた。
映像はちょっとセピアがかっていて、でもなんともカラフルな空気で、
弾むような女の子の気持ちとシンクロするかのような音符の数々。
軽やかに転がっている。キラキラとコロコロと。
私もいつしか目に力が入り、ペンと紙を探して起き上がった。
曲が終わったとき、画面左下にバンド名と曲名が出る。
それを逃すまいと、とりあえずそこらにあったマッキーを握り締めた。

それにしても大勢だな!なんかいっぱいいるよ!
PVの後半はLiveの風景なんだけど、もうステージから溢れるほどの人数。
もしかしたらお客さんより多いんじゃないかってくらいな状態。
揃いのTシャツで、一人残らず楽しくて楽しくてたまらない表情をしている。
ふとそばにいたにーすけを見ると、普段はTVは完全無視なくせして、
何故かきちんと座って画面に釘付けになっている。
さっきまで猫ベッドでウトウトしていたはずなのに。

Panorama Steel Orchestra
曲が終わり、画面にはそう表示された。曲名は「ZULU CHANT」。
マッキーでティッシュの箱に殴り書き。パノラマスティールオーケストラ。

パノラマ!確かにパノラマだ。
コロコロとキラキラとどこまでも広がって行くような、
賑やかで柔らかなスティールパンの音色。
何か、何というか夏なんだ。陳腐な表現で申し訳ないけども。

久し振りに音楽を聴いて浮き立つような気持ちになり、
喜びの余りamazonで注文してしまった。
一刻も早くじっくり聴きたいがための行動だったが、
よくよく考えたら私はレコ屋じゃないか。
なんなんだ。子供か。

早く来ないかなー。楽しみ。

(「ZULU CHANT」のPVは上記のページで見られます。
女の子が表情豊かで本当に可愛いです。2回見たけどまだ見たい)
posted by 6 at 22:15| 埼玉 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月28日

CARNATION

テンションの上がり下がりがあまりなく、
普段は感情が割と安定している人間なのだけれど、
さっきまでいかんともしがたい鬱々とした気持ちにやられていた。
「うーわ久し振りに来たよこれ」などと最初こそ少々懐かしんだものの、
所詮気紛れな落ち込みなわけで、いつ晴れるかわからない感情は鬱陶しいだけだ。
気晴らしにTVをつけたりネットラジオを聴いたりしてはみたが、
TVではいきなり流れて来たフリッパーズの「Groove Tube」に驚かされ、
ネットラジオでは今のこの状態にはちょっと辛いテンションのDJにやられ、
なんというか惨敗な感じ。
しかしいつ聴いても「Groove〜」はエロいねどうも。

じゃあ文字に頼ろうかなーなんつって、開いたのはなぜかCDのブックレット。
そばにあったのがそれだったってだけなんだけど、
CDを買って聴き込んでもまず歌詞は見ない自分にとってはかなり新鮮。
もう折り目なんか一個もついてない。5年前のCDだってのに。
それがCARNATIONの『LOVE SCULPTURE』だった。

CDは車に積んだままなので、ここの『LOVE〜』のページで試聴した。

「センチメンタル」とか。「幻想列車」とか。
試聴できるもう1枚のアルバムで、
「グレイト・ノスタルジア」とか。「New Morning」とか。

一瞬で引っ張り上げられた私は馬鹿者だろうか。
何度音楽に救われれば気が済むのかと呆れるやら、
音楽ってほんとすごい、なんだこの力はふざけるなと改めて思い知るやら。
しかもお手軽な試聴だもんな。タダですよタダ。

いつか書くこともあるかもしれないけど、
よくある理由で思い出したくない過去の数年間というのがあって、
なるべく思い出さずにいたら本当に思い出せなくなってしまった。
大事なこともあったはずなのに。まさしく後の祭りとはこのことか。
もう馬鹿にも程があるが、その頃の自分をかろうじて辿れる唯一の頼りが音楽、
このCARNATIONなんです。

CARNATIONを聴くことはその頃をうっすらと思い出すことでもあり、
それはまったくもって気持ちの骨が折れる作業で、
普段はそこに蓋をして聴いている卑怯者だ。

でもさっきまでの妙な感情は当時を思い出させるようなセンチメンタルで、
否応なく蓋をグリグリと開けてきやがった。
CARNATIONはそれに拍車をかけるかと思いつつ、
いとも簡単に私を引っ張り上げた。軽々と。
不思議だ。本当に不思議だ。

悲しみにも喜びにもリンクされている。
あるいはそのどちらでもなく感情の源に直結している。
雨が上がっていくのを目の当たりにしたような、
体がふわっと一瞬浮いたような、あの不思議な感覚。

なんというか、
「10年以上お世話になりっぱなしなんですけど、
これからもどうかよろしくお願いしますCARNATIONのみなさん」
と心底思った。

*試聴は『LOVE〜』 『SPY FOR THE BAND (SINGLES+more)』の2枚が、
 上記のページのdiscographyからできます。
 (右上真ん中のディスクからでもOK)

posted by 6 at 04:37| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月22日

音符の無駄遣い

音符が有限なら、やっつけで曲を作るような人が減るよな。

毎週毎週告知用のポスターがメーカーから大量に送られてくる。
狭い店内だから限られた枚数しか貼れないわけで、
取捨選択しつつ貼っていく。脚立を駆使して。
どうでもいいけどジャニーズ関連のものは外(通り)に向けて貼っちゃいけない。
貼ったが最後、それはもう恐ろしいことになる。

で、たまに見つけてしまう。頭に来るのに物凄い勢いで見つめてしまう。
どうしてこのタイトルになるんだろう?
こんなんじゃ子供だって騙せないだろう。
もうビリビリ破り捨てたい衝動を堪えて、
せめてもの抵抗として人目につかないところに貼る。
一時期の勢いは消え失せたとはいえ、何も変わっていない。

好きな音楽を売る側になって知らなかったことを知り、
それはほとんどががっかりしたり腹立たしかったり悲しかったりするもので、
まあ遊びではなくビジネスなんだから仕方ないんだけど、
仕事ならもうちょっとクオリティを追求しようぜなどと、
しがない一店員でしかない私ですら思ったり怒ったりするわけですよ。
中身がどうあれ求める人がいるなら問題はないとはいえ、
求められているのは往々にしてCDの、曲の中身ではなかったりもするし。

ではお前の聴いているものは子供騙しではない素晴らしいものなのか?
と訊かれれば、そりゃわかんないですよね。
もしかしたら他の人の目から見たら糞かもしれん。
中にかなりの音楽好きじゃないと知らないようなバンドもいるけど、
人の心にある共通のツボを未だ押せないという点においては、
何かしらどこかしら足りない部分があるんだろう。
そこを押した人やバンドや曲は、ぐうの音が出ないくらいのものがある。

ただ音符が無駄遣いされていないことだけは事実だと思う。
10年前の曲に昨日の思い出を焼き付けることだってできる。

まあ延々文句垂れてきたものの、
別に煮えくり返る腸を何としようとか思っているわけではなく、
あるCDのタイトルを見てびっくりしたもんで勢いで書いてしまいました。
どうせならもっと笑えるものにしてくれよと思った。


<今日のにー・にゃにゃ>
母のことが大好きなにゃにゃこは母の周りをまとわりついて離れず。
そんなにゃにゃこが大好きなにーすけは、
ご飯もそっちのけでにゃにゃこのそばを離れず。

もしかして私は蚊帳の外か。
posted by 6 at 16:20| 埼玉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月12日

サマージャム'05

「今日も暑ーい1日になりそうです」
と懐かしいフレーズが口を衝いて出るような天気なわけです。
あんまり暑いと眠くなる。
あちいあちいと文句を垂れつつ汗だくで昼寝。
クーラーでキンキンに冷やした部屋の中で布団をかぶるのも捨て難いけど、
正しい夏のダラダラの仕方といえばやっぱり前者。
だらけきって伸びきってゴロゴロする。これぞ夏。

例↓
DSC00138.JPG


この時期になるとスチャダラパーが聴きたくなって、
古いCDを引っ張り出してくる。『5th WHEEL 2 the COACH』。10年前か。
スチャダラ=夏、というわけではなくて、
多分このアルバムの中の名曲すぎる名曲、サマージャム'95のせいだ。

暑いのを我慢して散歩に出たはいいがフラフラ、本屋で涼んでソバ食って、
ふと見た外を歩くプール帰りの子供は真っ黒でアイス食ってる。

物凄く正しい。

好きで炎天下をそぞろ歩く馬鹿者はいないと思うけど、
それにしたって夏に擦れ違う人たちの顔の険しさといったらない。
眉間には皺、目尻から頬骨の辺りにかけては不自然に引きつれ、
酸っぱい物を食べさせられたときのような、臭いものを嗅がされたときのような、
ああ今辛いんだろうなと、私のような通りすがりにも一瞬でわかるくらいの人相。
そういう自分もそんな顔してんだろうなと思いながら、
今日は歩いて職場まで来たわけです。朝っぱらから暑いのなんの。

気になって調べたら『5th WHEEL〜』は生産中止になっていた。
ああもったいない。頭来たから店内BGMでかけまくってやろう。

そういえば昨夜のNHKの「美しき日本」は休止になったそうです。
野球!延長するなら早く言え!友人に触れ回ったじゃないか。
ごめんね。
posted by 6 at 11:28| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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