2005年11月04日

なぜだ

にーすけが頻尿&血尿になってしまった。
昨日トイレ関連のことを書いたからか。
書いたことが現実になるって、預言書かデスノートかって話ですよ。

昨夜、22時頃だったろうか。
いきなりトイレの往復が始まってしまったのだ。
8ヶ月の頃にも一度軽い膀胱炎をやっているのだけど、
そのときとまるで同じ状態だったのですぐわかった。
それ以来、水分補給とトイレの個数・回数には
本当に注意していたというのに。
トイレ砂に混ぜるだけの手軽なものではあるが、
PHチェッカーもきちんとチェックしていたのに。
いたのにいいいいい!うおおおおおおお!
泣きたい。

朝一で病院に行った。
膀胱の中に尿が溜まっていない状態からして、
結石性のものではないのでは、とのことだったが、
何しろ採尿できないので確実ではない。
多分前と同じ膀胱炎だろうとは思うのだが、
病名が何であれ、このタイミングでこれは肝を潰す。
早く早く良くなって。お願いだよ。
にーまでが病気になったら、正直正気でいられる自信がない。

食欲はあるから薬入りのご飯もペロリと食べたし、
鬼ごっこやボール遊びにもいつものように余念がない。
トイレが近いことだけがいつもと違う。

もうブログに変なことは書かないようにしよう。
書いたことが現実になるなんて、なんてこった。
こんなだったら、明日駅前で100万円拾うかもしれない。ふざけた話だ。
ジョニー・デップが家の隣に引っ越してくるかもしれないし、
出してもいない懸賞で、鮪の赤身のすんごい旨いところが当たるかもしれない。
なんて恐ろしい話だ。想像したくもない。
最悪、起きたら目の前にハードゲイチックな男がいて、
「正夢フゥーーー!」かなんか言われた日には!
嫌だ嬉しい怖い怖い。

気をつけていてもなってしまうのが膀胱炎だ。
早く治してやりたい。にーすけ、ごめんね。

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        許さん。

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2005年11月03日

西洋またたび中毒の男

キャットニップ大好き!でも一瞬だけね!
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両手で抱えてベロンベロン舐めていたかと思ったら、
電池が切れたかのようにプイッと素知らぬ顔。なんだお前は。

にんじんの形をしたキャットニップ入りのおもちゃ。
今も私の後ろで窓の外を見張りながら、腕に抱えています。
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今日すること。
にートイレ、3個のうち2個の砂の取り替え。
これから猫砂を大量に購入して来なければ。
ちなみにおからの砂に、尿のPHチェッカーを混ぜて使用中。
鉱物系→ひのき等の木系→おから系と流れてきたけど、
おからは色が薄くて血尿に気づき易いことと、
トイレに流せるところが気に入っています。
posted by 6 at 15:29| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月02日

世知辛い

父の高校時代からの友人で会社の同期でもあるAさんは入院中だ。
重い病気で去年手術したにも関わらず、再発したらしい。
芳しくない状態は続いており、話はできるが食事が摂れないという。
二人とも故郷は海を渡ったところにある。
多分一緒に就職のために上京してきたのだろう。
おっさんになった今でもあだ名で呼び合っている。

娘の私が言うのもなんだが、父は仕事ができる。
部下を非常に大事にしており、こういう人の下で働くのはやり易いだろうと思う。
休日に電話がかかってくることもしばしばだし、
深夜に電話が鳴ったので何事かと思ったら、
仕事に悩んだ本社の女性だったこともあった(父は支社勤務)。
受話器を取ったのは私だったのだが、出るなり泣いていたので心底驚いた。
浮気でもしてんのかと訝り、陰でちんまりと聞いていたが全く違った。

しかし部下を大事にするということは上に嫌われるということでもある。
なのでご多分に漏れず父もその様子だ。
働く者のために多少の犠牲を払っても職場を改善することは
当然で大事なことだと私は思うが、
損して得を取ることを嫌う人たちもたくさんいる。
事実、父が関わったどの会社も以前より売り上げが上がった。
けれどそれまでなあなあで済んできたことを
「間違っている」と指摘する人間は鼻摘み者になる。
父の会社に限らずきっとどこもそうだろう。
私が上司だったらあんな小うるさいオヤジは嫌だ。

そんなうるさいオヤジは本来なら来年で定年退職するはずだったが、
今現在、上に引き止められている。異例のことらしい。
休日は昼からビールを飲んでご機嫌、
それ以外は読書かにーすけを構うことくらいしかしない。
会社でどうあろうが家庭の中では本当に邪魔っけで、
おまけに仕事を辞めたらほぼ100%の可能性で惚けることが確実なので、
どうなるかはまだわからないが家族としてはありがたい話だ。
父を買ってくれている物好きな上の人がいるらしいのだが、
逆に嫌われ者の父を引き止めなければならないほど会社が傾いているのかと
一抹の不安が過ぎるのもこれまた事実だ。

その話を父から聞いてほっとしていたのも束の間だった。
長期休職中のAさんの元に解雇の知らせが届いた。
会社の人間がいきなり病院に訪れてのことだったらしく、
父はもとよりAさん本人にも寝耳に水の話だった。
仕事中の父にAさんから電話が入り、詳細を聞いたそうだ。
その電話の最中にAさんの奥さんからも父に電話があり、
右耳でAさん、左耳で奥さんの話を聞くという事態に陥ったらしい。
その話を聞かされた後、Aさんは病室の電気を消し、
真っ暗な中で何も言わずにうなだれていたという。
「何十年勤めていても、関係ないんだね」と、奥さんは泣いていたそうだ。

当たり前だが父は激怒した。
病院に行った本人やら関係者やら上の人間やら、
いろいろなところに連絡をして止めて回っている。
話を聞いた母も、血圧が上がるくせに釣られて激怒した。
「血も涙もない!」「因果は巡るんだよ!」等と軽く100回は言っていた。
ここには書けないような、子供みたいな単なる悪口を口走ったのは
不謹慎ながら笑った。割れ鍋に綴じ蓋だ。

多分父は自分のことはそっちのけになっているだろう。
親戚がすべて遠くに住むAさん夫妻が頼れるのは、
現実的にはうちの父しかいない。
「保証人にだけはならないで。それ以外ならなんでもやればいい」
と母が言っていたが、私もそう思った。
父も「それだけはない」と言っていたが、そもそもうちにはそんな金はない。

会社って、きっとそういうものなんだろう。
冷たいことには違いないが、それが大多数の実態なんだろうと思う。
私が過去に勤めていた会社もそうだった。
ペーペーの無責任な視線で人が移り変わる様をたくさん見てきたが、
非情だとしか思えない人事はたくさんあった。
今思い出したが、仲が良かった営業の男性がいきなり退職することになり、
驚きのあまり内線でその人にショックを伝えたところ、
「悲しんでくれるのは○○さんだけだよ…」と暗い声で呟かれたことがあった。

年の割りに元気なおっさんだよなと感心する。
感情の起伏が激しく子供のように素直で単純で、
割とサラリとした性格の母や私たち姉弟の中では浮いていて、
こう言っちゃなんだが鬱陶しい。
しかしその性格が人様のために良いように作用することがあるなら、
まあ死なない程度に好きなように頑張ればいいと思う。
posted by 6 at 16:06| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月01日

秋から冬へ

夕方ドライブ中、

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暮れかかった空が綺麗だった。
上り坂で空に近づくのが気持ち良かった。
走行中だったので撮影できなかったけど、
天使の梯子が下りているのにも眼を奪われた。

今朝車に乗って太陽と向かい合ったとき、
日除けを下ろさずにいられることに気づいた。
日に日に空が高くなっている。
冬間近なんだなと実感させられる。

寒さと物悲しさは涙が出るほど嫌だが、空が綺麗なのは大歓迎だ。
夜にはさらに空気が冴えて凛々しくなる。
手足が冷えて凍えるのも厭わないほど星が煌く。
そのひとときだけは、冬嫌いを忘れる。
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2005年10月28日

祈るということ

自分以外の誰かのために祈るときのあの気持ち。
目を閉じて手を合わせる。心の中で呟く言葉。
そうと意識はせずとも、その瞬間は真っ直ぐで単純で無防備だろう。
偽善とか邪な感情が横切って行くかもしれないが、
それは多分再び目を開けてからの話。
閉じて心の中の一点を見つめているときは、強固で絶対だ。
きっと誰もがそうだろう。

もう何年も復帰を待ちわびている人がいる。
あの人の仕事が大好きだった。作品もたくさん持っている。
あるとき大事故に遭われ、それ以来新しい作品は届かなくなった。
時折伝わってくる消息の中にも、残念ながらそういった話はない。
もしかしたら作品はもう届くことはないのかもしれない。
充分わかった上で祈る。思い出すたび、何度でも祈る。
最早作品云々でなく。

窓辺で外を眺めるにーすけの背中に覆いかぶさり、
されるがままなのを良いことに、背中を撫で、喉をくすぐり、肉球を確かめる。
肩の辺りに顔を埋めて深呼吸。干した布団のような匂いだ。
あんなに小さかった子猫が大人になった。きちんと育ってくれた。
柔らかな体。命というものの強さと不思議さ。
にーすけと出逢わなければ知ることすらなかった。
彼の幸せだけを思う。

今はもう会えない人たち。
過去に残し合った傷が大きくて鮮やかだと、
祈る気持ちまでもが強くなるのはなぜだろう。
行き場のない恨み言に窒息しそうになっていたことも確かにあったのに、
思い出す今は色で言えば柔らかなベージュだ。
一生会えなくても幸せでいてほしい。
何があっても生きていてほしい。

言霊というのは確かにあるだろう。
人を謗る言葉は負の力が強く、口にした本人にも跳ね返って来そうだ。
おまけに真っ直ぐに届くわけではなく、
対象を侵食するかのようなじわじわとした効き目のような。

その対極が祈りの言葉だと思う。誰が誰に対して祈ろうと同じ。
もし見えるなら、その口からは透明で強くて綺麗な、
例えるならダイアモンドみたいな物質が、ポロポロと零れているに違いない。

昨夜車に乗りながら、古ーいテープを聴いていた。
タイトルも失念するほど昔に録音したもので、
かかっていたのはUAだった。愛について歌っていた。
信号待ちのとき、暗闇に浮かぶライトやブレーキランプを
ぼんやりと眺めながら思った。

祈るということ。愛情を形にするにはどうすれば良いか。
届けても届けても全然足りないと思えるのは形がないからで、
ならば形を作りましょう。
そうだな、それはきっと透明でキラキラと光っていて何にも負けないくらい硬い。
ダイアモンドに似ている。

まあ、祈るたびに零れるダイアモンドをマグカップに受け止めて、
「これが祈りの結晶ですよ」と差し出したところで、
口から出たものなんているか馬鹿!と言われるのがオチなんですけどね。
posted by 6 at 14:52| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月24日

7:00am

朝方目が覚めたら、にーすけが窓際で珍しく猫になっていた。

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東向きの部屋だから夏は大変だけど、
今の季節、特に朝方はとても気持ちが良い様子。
本当は割りと厚めの生地なのに、
カーテンがいやにすっけ透けなのが気になるな。
posted by 6 at 15:00| 埼玉 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月23日

センチメンタル

秋はどうして感傷的になりがちなんですかね。
過去を思い出して云々ということがあまりない私ですら、
この季節は心が慌しくなるのを感じる。
また何の因果か、これまでお付き合いしてきた方々とダメになったのが
ことごとくこの季節ときた。特に11月の上旬がまずい。
振った振られた関係なく、いつのときもこの時期だった。

ああ、あの人元気かなあ。全然会ってないけどどうしてるだろう。
ふと思い出したら最後。
「そういえばあのときはあそこでご飯食べたな」
「あのシャツ可愛かったな」
記憶の奥底に寝そべって潰れていたような思い出が、
そんな言葉をきっかけにズルズルと引っ張り出されてしまう。
嫌だ嫌だ過去過去!と頭をぶんぶん振りながら見上げると、
そこにはあのときと同じような秋の空が、
呑気に鱗を引っ付けて広がっていたりするんです。

きっかけは次長課長だった。
あのコンビの男前の方が、昔仲良くしていた人にそっくりなことに気づいた。
顔だけでなく、天然気味のところや人見知りらしいところも似ている。
そうなるともういけない。
しかも最近毎日見る。番組をまたいで2時間くらい続けて出ていたりする。
いくらなんでも出過ぎだろうと思いつつも選んでいるのも自分で、
見ながら知らずに「かっこいー」とか言っちゃってるのが痛すぎる。
だいぶ昔のことなのにこれかよ!と呆れるが、
別に未練が残っているというわけでもないのも事実だ。

切ないけど懐かしい。懐かしくて可愛い。
悩んでいた当時の自分も、終わり間近には腹の立つ存在でしかなかった彼も。
してしまったことに対する後悔や、されたことへの苛立ち、
そんなものまで思い出されるのが余計だが、
なければないで思い出は味気なく、記憶以上のものにはならなかっただろう。
どちらかというと悲しい気持ちが先に立つ関係だったが、
それでも会えてよかったと思えるほどに気持ちは熟成された。

今どうしてるのかなあ。私よりも7歳ほど年下だった彼。
あの頃よりはちょっとは大人になっただろうか。
ニックネームで呼ばれることが多かった私を
下の名前に「さん」付けで呼んでくれた初めての人だった。
posted by 6 at 11:36| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月19日

壊れた

金曜の夜、PCから「○○をインストールしてから電源を切る」と宣言された。
されたからには嫌だとも言えず、そうですかと思いつつ電源を落とした。
一旦席を離れ、再び戻ってスイッチを入れたらなんですか。
ネットもメールも繋がりやしない。画面が真っ白。
何か変なことしたかなと、もう一度電源を落として入れ直す。
またも真っ白。ウィーンとすら言わず、すっかり無口になってるPC。
変なことも何も、何回か左クリックしただけなので、
無口の原因は電源を切る前に行ったインストールとしか思えない。

「あのさー、パソコンが壊れちゃってさー、ネットに繋がらないんだけど」
遊んでいる最中に電話でいきなりそんなことを言われても、
弟としてもさぞ困ったことだろう。
弟「なんで?何かしたの?」
私「何かインストールするって出ててー、
  終わったあとに電源入れ直したらダメだった」
弟「インストールって何したの?」
私「それがわかりません」
弟「わかんないんだったら俺にもわかんねえなあ」
私「わかんないのにインストールしたからかね」
弟「してから言うなよ」
プロバイダーに電話して聞いてみーと、呑気な答えを頂いて電話を終えた。

前の会社で私はPC相手にある設計の仕事をしていた。
専門職ではなかったので事務仕事もしていたが、
終日PCに向かいっぱなしのこともよくあった。
コンピュータのことを専門的に勉強したわけでも、
設計の専門学校に通っていたわけでもない。
入社して配属された先で叩き込まれた。
呪わしいほど嫌いだった数学から離れ、
国語だけを勉強して生きてきたというのに、
社会人になってまで、まさか「サイン・コサイン・タンジェント」等という
恐ろしい言葉を職場で耳にすることになろうとは夢にも思わなかった。
冗談でなく泣きそうになった。周りは全て理系の賢い人ばかりだった。

「私は!事務職だと思って!入社したのに!」
と上司相手に何度も言ったが、まあ言ったところで通るはずもなかった。
親切な先輩方にみっちり教えていただいたおかげで、
会社を辞める頃には「もったいない」と言ってくれる人がいるくらいにはなった。
特にキーボードを叩くのが速かったらしく、
私が図面片手に打ち込んでいるのを横で見ていた人が、
「速ぇ〜」となぜか大笑いしていたのを覚えている。

しかしPCをわかっているわけではなかった。
打ち込めば図面は出るが、その仕組みはいつまで経ってもわからなかった。
元々興味があるわけではないので新しいことを覚えるのも面倒だった。
手元に仕事を残さないことを心に決めていたので仕事は速かったが、
早く帰りたい一心でスピードが加速していただけのことだった。

どちらかというと図面のコピーの方が好きで得意だった。
A1やA2の大きいサイズで枚数も数十枚と多いので、
たかがコピーといえども人によって性格と差が出る。
失敗すると薄い図面は機械に挟まって破れるし、
用紙で手を切って流血することもある。
あれはあれで結構サバイバルな世界なのだ。

そんな風な日々の鍛錬の結果、
最終的に私は指先で触れた紙の厚みで枚数がわかるまでになった。
自分で言うのもなんだがこれは図面を出すことよりも凄いと思った。
だって第三の眼が指先に宿ったわけですよ。
触って「これは20枚だな」と思うとその通りだったりするわけですよ。すごくない?
そう興奮しながら言ったところで、誰にも感心してもらえなかった。
不思議だ。なぜなんだ。思い出すと未だに謎だ。

そんな過去にまで思いを馳せつつ、プロバイダーに電話した。
懇切丁寧に教えてもらいながら、結局は右クリック一発で直った。
posted by 6 at 12:09| 埼玉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月10日

雨降り

体調のせいか天気のせいか、何となく気が滅入っている。

昔、今よりももっともっと自己顕示欲が強くて自信過剰だった頃、
そしてその割に気が小さく神経質で、自分の粗を探すのが趣味だった頃。
そんなときばかり無限に広がる心の中で、あることないこと、
ちょっとはあり得るかもしれんがまず現実的ではないことを気に病んでは、
「ああ…」とか言って、穴倉の中で暗い暗い溜息をつくのが好きだった。
いや別に好きではなかったような気もするが、
立ち直って明るい方へ行こうとする気持ちを押しのけるあの負のパワーは、
常にタンク一杯に溜まっていたように思う。
あんなものを溜め込むのはよほどの好きもの以外にない。
思い悩むのが趣味だった。

今現在はあの場所とは対極にいるが、それは多分、
人生の負の時間のほとんどをあの頃に経験したからではなかろうかと思える。
つけられた傷をいつまでも治せなかったあの頃から考えると、
よく言う「寝たら忘れている」状態の今は天国に近い。
おまけに年を重ねるごとに日を追うごとに、忘れるまでの時間は加速している。
自分にとってはシンプルで心地よく、暮らしやすいことこの上ないが、
古来より人はこれを痴呆と呼ぶのではないのかと、今書きながらふと思った。
痴呆まで行かずとも、いつもなんとなくボーッとしているのは事実だが。
頭が軽いのは良いことだ。

だから今のこの状態が久し振りで、何となく新鮮な気すらする。
この暗い気分は一体どこから。

雨が嫌いだというよりも空が暗いのが嫌なのだ。
島などではしょっちゅうスコールみたいな通り雨が降るが、
あれなどは本当に爽快で、歩きながらかぶってしまっても、
笑って済ませられるところが良い。空が明るいから。
ところが今日の埼玉の天気はどうですかこれ。
秋雨前線とかもう、本当にちょっと。

そんな沈鬱な気分の中、延び延びになっていたガンダム最終巻を見終わった。
これまでお亡くなりになったキャラクターで印象深いのはマ・クベだった。
ご多聞に洩れず「壷壷壷壷うるさい男だな!」と思っていたわけだが、
最期も最期、末期のセリフまでそれで締めていたのにはやられた。
さすがマ・クベ…。期待を裏切らない男。ちょっと好きになった。
そしてそれに勝るとも劣らない最期を遂げたのは、
その壷を託された(かどうかはわからねど)キシリアだ。
だって首チョンパですよ。びっくりしたよ。コマ送りで見ちゃったよ。
スパーンッ!ポーンッ!て。
「ええっ!?」とか言いながら巻き戻してしまいました。


早く雨が止みますように。
posted by 6 at 18:22| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月08日

寝子

猫はよく寝る。
羨ましいことこの上ないが、それが仕事なのだから仕方がない。
よく寝てるなーまったく可愛いったらありゃしないよ困ったね
等と思いながら近づいて行くと、コロリと転がりお腹を出して、
アピールなのか催促なのか、誘惑強制いやむしろ脅迫に近いあのポーズで、
人の眼をじーっと見つめてきたりする。
それに抵抗する勇気があるはずもなく、力なく撫でくり回して匂いをかいで、
名前を呼んだり(しかも裏声で)顎の下を擦ったりと、
なぜかニヤニヤしながら至福を感じたりもするわけです。
そんなこんなで気づくと3時間経過。一緒に昼寝しちゃってたりする。

不思議だ。本当に不思議だ。あのアピールに抗えたことがない。
添い寝しているうちに熟睡する確率は今のところほぼ100%。
猫の体からは睡眠誘導物質か何かが出ている。
抱いたときに感じるあの体温の何と絶妙なことよ。


肉球を触ると眠気3倍
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なぜいつも同じポーズなのか
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自ら挟まれに行く男
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猫はどこまでブサイクになれるか
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寝起きに残された恐ろしい爪跡と、その犯人(丸顔)
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既に肌寒いことも多いこの頃、夜寝ていると「布団に入れて」と
ポンポンと頭を叩かれることが多くなった。
布団を持ち上げるとのそのそと入って来て、私の左肩を枕にコロンと転がり、
やかましいほどゴロゴロと、本当に満足そうにする。
その姿からは、やっぱり昏睡に陥りそうなほどの
怪しい物質が放出されているに違いない。
posted by 6 at 12:44| 埼玉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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