2005年10月05日

外国のチョコレートはなぜ大きいのか

と、『チャーリーとチョコレート工場』を観ながら思った。
WH共にデカい。何か平べったいし。
味はどうなんだろう。デカくてただただ甘いだけってのもありがちだ。
しかしウォンカさんのは一味違うに決まってる。
だって名前が“めちゃうまチョコ”ときた。
スクリーンに「めちゃうま」と載ったとき、
館内にはさざ波のような笑い声が起きた。「プッ」の連鎖。

急に自由に使える時間が増えたので戸惑った挙句、
何となく映画館に行くようになった。
たまたま観たいと思える映画があったからなんだけど、
普段はビデオやらDVDやらを家で観る人間としては、
家では決して味わえないあの音のスケールのデカさに驚愕だ。
観るというか聴きに行っているような気すらする。

小学生の頃、社会科見学で森永の工場に行ったことがある。
バスから降りた途端に甘い、甘ーい匂い。
チョコレートやクッキーやココア。子供にとっては天上の香りだった。
スライドを見ながら、配られたクッキーを食べ、ココアか何かを飲んだ。
授業中なのにお菓子なんか食べちゃって!と
(まあそれも授業の一環ではあるのだけど)、
何となく背徳的な気分になりながら友達と目配せしつつ食べた。

上映中にチョコレートの香りを流している映画館があるそうだけど、
それをせずとも鼻先にふんわりと香ってくるような。
一瞬で小学生の嗅覚に戻って何度でも味わえるような。
大人が本気で作るおとぎ話は素晴らしい。

チャーリーは健気で可愛らしく、
住んでいる壊れかけた家こそが失敗した砂糖菓子のようで、
降る雪は舐めたらきっと甘いだろうと思わせる。
チャーリーと同じく選ばれた4人の子供らとその親も、
それなりに可愛くて、そして非常に小憎たらしい。
肝心のウォンカさんはどうだろう。
あれはジョニー・デップ以外の誰にもできない役だろう。
だって、映画の中にはウィリー・ウォンカしかいなかった。

とてもとても大切に、繊細な指先で、丁寧に丁寧に作られた映画だった。
古くから皆に愛されている物語。
その世界観を決して壊さず、それぞれが敬意を持って、
自分なりに表現し切った愛情に溢れたおとぎ話。
観ている間中、よくわからないニヤニヤが止まらなかった。

あの船でチョコレートの川下りをしたいなあ。

音楽もよかった!
DSC00478.JPG
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2005年10月03日

四十九日

10月だというのに暑い暑い1日だったが、
2日はにゃにゃこの四十九日だった。
久し振りの日曜休みだったので、
用意をしながらチラ見していたTVの新鮮なことよ。
サンデージャポンっておもしろいなあ。
毎週見たいよ!これからは録画しようかな。

11時までにお寺に行く予定だったので、
割と余裕を持って家を出たにも関わらず、
この快晴のせいか道がすごく混んでいて焦った。
そうだよなあ。日曜日はお休みの日だもんな。
その感覚が失われて久しいことに今更気づく。

11時ちょうどに到着。
住職さんと挨拶した後、本堂に入った。
虫がいるなと思った瞬間に首と二の腕に痒みが。蚊め!

お骨と、いつも飾っている写真の入った写真立てを住職さんに預けた。
葬儀のときと同じようにお骨は仏前に置かれ、写真もその前に立てられた。

読経が響く。
眼を閉じて手を合わせる。
名前を呼ぶ。繰り返し呼びかける。
にゃにゃこ。にゃにゃこ。
私がつけた、何のひねりもない名前。
だけど柔らかくて、最上級に女の子チック。

名前を呼びながら何度も涙が滲んだ。
多分何度か水の中に顔を突っ込んだのだろう。

御焼香をと促され、父から順に立ち上がった。私は最後だった。
香を摘んで手を合わせた。何も考えなかった。
馬鹿みたいに名前を呼び続ける以外には。

全てが済むと、読経を終えた住職さんが言葉をかけてくださった。
「動物みんなそうだけどね、人間を絶対に裏切らないからね。
だから忘れられなくて当たり前だよ。気が済むまで一緒にいたらいいよ。
そうして、時々こうやって拝むのもいいことだよ」
お骨を手元に置いておきたいと言った私への言葉だった。

外へ出てもやっぱり真夏だった。おかしいな。10月なのにな。
住職さんに丁寧にお礼を言い、お寺を後にした。
これが区切りになるだろうか。
どこまで行っても人間の都合でしかないのだけれど。


片付けたあとに撮ったので写っていませんが、
今日はターキー付きのご飯でした。
DSC00463.JPG


時折強烈ににゃにゃこの気配がすることがある。
トコトコと居間に入ってきて、
トコトコと網戸になっている勝手口に向かう、あのいつもの感じ。
全く怖くも不自然でもなく、「ああ、にゃにゃこが来てる」とだけ思う。

夜、日課になっているにーすけとの遊びの最中にもよく来るようだ。
1秒前まで羽の猫じゃらしに夢中になっていたはずなのに、
ピタリと動きを止め、首を伸ばして廊下に目をやるにーすけ。
そうなるとどんなに巧みに猫じゃらしを操っても無駄で、
にーすけは私を置き去りに目線の先へ行ってしまう。
1度や2度ではない。にゃにゃこの部屋にすっ飛んで行くこともある。

にゃにゃこにとって、家が二度と戻りたくない場所でなくてよかった。
よかったなあ。


街中が、少しずつ金木犀の香りに侵食され始めている。
気をつけないといけない。
あれにやられると見事に骨抜きになるのがまず過ぎる。
そんなわけで秋だ。
posted by 6 at 01:42| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月02日

台風一過(12)

帰宅するなり居間のTVの上を片付けた。

にゃにゃこは人間が大好きな構われたがりっ子だった。
最初からお骨は持ち帰ろうと決めていたので、
後はどこにいてもらうかが問題だった。
車の中で相談した結果、出た答えがTVの上。
温かいし、家族皆の目線が常にある。
にーすけもそこには乗ることがないので、その点でも安心だった。

お骨を置き、ご飯を載せた皿をその前に置いた。
花と写真立ても用意しよう。可愛いのを買って来よう。

2階にいるらしく、にーすけの姿はなかった。
そして予想通りというか何というか、ご飯がほとんど減っていなかった。
気が小さく、割と神経質で、ハプニングにとても弱い。
私がいないと余計に食べなくなるのだ。
夜には食べてくれるだろうから心配はしなかったが、
心の中でただただ謝った。

廊下にはまだ一面のダンボール。ところどころによだれの染み。
冷凍庫の中には入りきらないほどの冷凍肉。
ターキー、羊、鶏に牛。レバーもあった。
台所には食べてくれなかった療法食の缶詰が箱のまま置き去りだ。
食器も増えた。用意したものを必ず食べてくれるとは限らない。
洗っている暇すら惜しかったので、同じ皿を何枚も買った。

にゃにゃこだけがいなかった。おかしな話だ。


父がペットの葬儀について電話した知人のMさんは、
いろいろ調べてくださっただけでなく、
お休みの最中だというのに娘さんと2人、車で奔走してくださった。
驚きました。
本当に本当にありがとうございました。

にゃにゃこに牛肉を分けてくださった焼肉屋さんのおかみさん。
父が後日亡くなったことと感謝の気持ちを伝えると、
「可愛がってたのに、あんなに大事にしてたのに」と、
私のことを大変心配してくださったという。
カルビ美味しかったです。
一番いいお肉をにゃにゃこのためにありがとうございました。

暑い中、毎日のように往診してくださった先生。
最後は私のわがままを通してしまい、失礼をすみませんでした。
けれど、受け入れてくださってありがとうございました。
通院が最大のストレスになってしまうにゃにゃこにとっては、
往診してくださることが本当にありがたかったです。
お世話になりました。

治療に関する本を何冊も貸してくれた弟のお嫁ちゃんもありがとう。
にゃにゃこがまだ外にいたときにも可愛がってくれて、
私としてもとても嬉しかったです。

店長、そしてシフトを代わってくれたSさんもありがとうございました。
店長のお母様になぜか私は褒められたそうなのだけれど、
理由もわからないまま、とにかくありがとうございました。

H、猫飼いの先輩としての知識と、にゃにゃこへの絶え間ない応援、
私への気遣い、差し入れや手製のにゃにゃこのオブジェ、
みんなみんなありがとう。

野良猫として現れたくせに、最後にゃにゃこはたくさんの人の心を動かして行った。
みなさん、本当に本当に、本当にありがとうございました。
にゃにゃこは幸せ者です。


あの時、冷たくなった体を撫でながら、私は勝手ににゃにゃこと約束をした。

にゃにゃこ、もうちょっと待っててね。
もうちょっとしたらそっちへ行くからね。
虹の橋っていうところがあるんだって。
そこは楽しくて素敵なところなんだって。
だからそこでお友達を作って、のんびり待っててね。

でももし、もしも待ちきれなくなって、
もうこれ以上辛抱たまらん!ってなったら、
生まれ変わっておいで。
子猫になって生まれ変わっておいで。
お姉ちゃん、にゃにゃこが子猫になってても絶対にわかるから。
一目見たら絶対にわかる自信があるから、
だから安心して戻っておいで。
にーすけがうるさくて嫌になるかもしれないけど、
みんなでまた一緒に暮らそう。
そうしよう。約束だよ。


水面から必死に顔を出しているような日々はまだ続いている。
平気なつもりでいても、うっかり何かに躓くことがある。
その拍子に潜ってしまって窒息しそうになるのは困りものだ。
骨壷が余りに小さいことや、もう触れないという事実も、
本当はまだ全然実感として湧いてこない。
この不在の大きさといったらどうだ。

知らぬ間に終わってしまった夏だったが、一生忘れない。
にゃにゃこ、また会おうね。
約束。
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2005年09月30日

台風一過(11)

お寺に着く頃には既に真夏の快晴だった。
車を降りながらしみじみと嬉しかった。にゃにゃこに曇りや雨は似合わない。
本堂の中から住職さんが出てきて、私たちを招き入れてくれた。
母が、胸に抱いたにゃにゃこに向かって二言三言話しかけた。

当たり前なのだが本堂は広かった。
大き目の扇風機が1台あるだけだったが、
風通しが良いせいかとても涼しかった。
全体的に古びた印象で、逆にそれが気持ちを落ち着かせた。
蝉の声がやかましく、そのやかましさの分、生を感じた。
何を見ても聞いても命に繋がった。懸命に夏を生きていた。

見ながら聞きながら、用意されていた座布団に腰を下ろすと、
心の中に散り散りになっていた澱のようなものが、
底を目指して静かに静かに降って行くのがわかった。
奥に消えた住職さんが戻って来るまで、何度か深呼吸を繰り返した。

再び現れた住職さんは、母からにゃにゃこを預かると、
恭しく頭を下げて、掲げるようにして仏前に置いた。
そしてにゃにゃこの名前を再度確認し、私たちに言葉をかけた。
葬儀が始まった。

響き渡る住職さんの読経が心地よかった。
隣に座る母はひたすら手を合わせていた。
涙の波がまた襲って来たようで、何度も鼻をすすっていた。
離れて座っていたので父は見えなかった。
私は手を合わせて祈りながら、
静かな気持ちが加速して行くのを感じていた。

これで終わりだ。
にゃにゃこの苦しみはこれで終わりだ。

私ですらその記憶を毟り取って投げ捨てたい。
触れるほど鮮明に記録された苦しみの日々だった。
前の病院を退院してから8月21日までの丸ひと月。
たった1ヶ月が、半年にも1年にも匹敵するほどの毎日。
にゃにゃこはその日々をあの小さな体で耐え抜いた。
最期まで頑張り抜いた。

残された私たちの悲しみですら補えないほどの苦しみだったろう。
それを完璧に理解することができない愚かさに対しての罰が今の悲しみなら、
一生思い出して思い出して思い出して、
顔を、声を、触れた毛の手触りを、温もりを、
何度でも反芻して生きて行くだけだ。
後ろ向きでも構わない。今の自分にはそうするほかない。
にゃにゃこの苦しみが消えて、今は安らかでいるならもう何も望まない。

精進料理がない以外はまるっきり人間と同じような葬儀だった。
人間の自己満足以外の何物でもないが、
どこかにあるという虹の橋に行く手助けになればいいと思った。
猫に対しても全く手を抜かずに、
きっちりとお経を読んでくださった住職さんに、心底から頭が下がった。

終わりに四十九日の法要もお願いした。
都合のつく日曜日をということで、10月2日に行うことになった。
まだしてあげられることがある。にゃにゃこのために祈ることができる。

本堂を出るとやはり暑く、セミの声はフルボリュームだった。
眩しい眩しいと言い合いながら車に戻った。
今すべきこと、やれることは全力でやった。
完璧ではなかったかもしれないし、悔いが残るところもあった。
それでも表せる限りの愛情を傾けて、精一杯やった。
posted by 6 at 22:29| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月25日

台風一過(10)

あの赤い袋に収められた骨壷を母が受け取ると、
ここでやるべきことの全てが済んだ。
この後お寺でお経を上げていただくことを確認して、
先に出る住職さんの車を見送った。

駐車場の砂利を踏み締める足元に現実味がなかった。
思考はとうに止まり、心も体も疲れ果てているのに、
疲れているという実感すら湧かないまま、ただ動いている体。
これはもしかしたら夢なんじゃないかなあと思った。何度も。
心が子供だった頃にすら逃げなかったその場所に、
冗談ではなく本気で悪夢の証拠を探そうとした。
確かに安堵した気持ちもあるのだが混沌としていて、
一歩歩くごとに乱れた。

車に乗り込み、事務所の脇を通るときに、
係の女性が「ご苦労様でした」と深々と頭を下げてくれた。
お世話になりました。お世話になりました。
心からの言葉だった。

火葬場を出て最初の信号で停まると雨が止んだ。
あんなにも大粒の雨だったというのに。
分厚い雲の切れ目からは光が差し込み、晴れの兆しを見せ始めていた。
「なにこれ」
「にゃにゃこの合図だよ」
「終わったことを喜んでるのかな」
不思議でたまらなかったが、そこににゃにゃこがいるとなれば全ての説明がついた。
母が、膝の上に置いた骨壷を愛しそうに何度も撫でた。

眩しかった。進むごとに気温が上がった。
真っ直ぐに続く道路は思いの外空いていて、スルスルと進めた。
信号で停まるたびに母の膝の上のにゃにゃこを見た。
運転なんかするもんじゃない。大事なものに肝心なときに触れない。
それにしても母のホールドぶりには眼を見張った。
感情の箍が外れっぱなしのようだった。

途中、トイレ休憩のためにコンビニに寄った。
店内に流れる音楽と「いらっしゃいませ」の声に、
その日初めて普通の日常に関わったような気がした。
朝から何も飲んでいないことに気づき、ジュースを買った。
どうせ剥がれ落ちるのだからと、日焼け止めのみで化粧はしていなかったが、
きっとそれすらも落ちたひどい顔なんだろうなと、会計しながら思った。
トイレで確認したらその通りどころか髪もボサボサで、
あまりのことにちょっと笑った。ひどすぎた。
posted by 6 at 15:18| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月23日

台風一過(9)

問い合わせの電話を切ってもなお延々と続く
愚痴混じりの話題から逃れたくて事務所を出た。
行くところもなく、また遠く離れたいわけでもなく、
とりあえず隣り合う建物に入った。あの祭壇のある部屋。

最初、にゃにゃこと共に入ったときにはまるで余裕がなく、
何がどうなっているのか全く眼に入って来なかった。
昼なのに薄暗いが、清潔で静謐な印象。
それほど広くはない室内。12畳ほどだったろうか。
縦に長く、壁際には棚のように小さく区切られたスペースがたくさん。
その一つ一つに名前が貼り付けられていて、
犬や猫はもちろんハムスターから猿に至るまで、様々な子達のお骨や写真があった。
ここで合同で供養されているのだろう。
心の中で手を合わせながら一つ一つを見た。

生前に好きだったご飯やお菓子。使い古されたおもちゃや首輪。
飾られた写真から、どれだけ愛されていたかが如実に伝わってきた。
声は聞こえなくても、そこここから漂う「とても幸せだった」という温かい記憶。
「楽しい思い出をたくさんありがとう。私たちの家族、○○へ」
写真に書かれたメッセージを読んで少し泣いた。
長い時間をそこで過ごした。


ブザーのような音が聞こえた気がして外を見た。炉のある建物からだった。
終わったのだろうか。
ほどなくして事務所から係の、あの上司の男性が出てきて建物に入り、奥に消えた。
何かを止めるようなガシャンという音の後、響き渡っていた大きな機械音が止んだ。
再び姿を現した男性は、隅にあった大きな扇風機のような物を
部屋の中央付近に運び、スイッチを入れた。
風。

音もなく滑るように運ばれて来た台は見覚えのある物だった。
風が当たる位置に置かれ、白い灰が2、3枚、花のように舞った。
男性は扇風機の頭の部分を調節し、風が当たっていることを手のひらで確かめた。
眼を凝らして見た。台の上に乗る白いもの。
充分に台が冷えた頃、私たちは呼ばれた。

にゃにゃこは真っ白だった。
使わざるを得なかったステロイドのせいで、
骨の色が変わってしまっているのではとの思いは杞憂だった。
母は反射的にまた泣いていたが、私は不思議と悲しくなかった。
ついさっきまでの、指に、この腕に残るにゃにゃこの感触からすると、
「これが骨です」と言われたところでピンと来なかったのかもしれない。

渡された箸で、指示された順番通りに骨を拾った。
住職さんと男性が、しきりに「きれいに残っているねえ」と繰り返した。
他の子の骨は見たことがないので比べることはできなかったが、
確かに頭も爪も尻尾の骨もきちんと残っていた。
ご飯を置いた場所にも形跡が残っており、邪魔だったかなあと心配になった。

骨とわかるものはほぼ拾い終え、両親は拾うことを止めたが私は箸を置かなかった。
どんな小さなかけらでも、もしかしたら骨ではなかったかもしれない物でも、
可能性のある物は全て拾った。拾い尽くして蓋を閉じた。
「もういいですね」と終わりを告げられそうになったが、
私は「もうちょっと」と首を振った。
明らかに骨ではない物、体内に残っていた便や灰も、
最後の瞬間までにゃにゃこと一緒にいたのだ。
そっと集めてビニール袋の中に入れた。
網と受け台の上には何もなくなった。

全神経が眼と指先、拾うということに集中していた。
鬼気迫る顔つきだったのだろうと思う。
皆無言で私が箸を置くのを待っていた。
住職さんが「そうだよね。全部拾いたいよね。そうだよ」と、
小さな声で呟いていたのは何だったのだろう。
posted by 6 at 12:11| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月21日

ハニー

にゃにゃこが旅に出てから今日で丸一ヶ月。
思いがけず長くなってしまった(すみませぬ)台風一過をちょっとお休み。

8月21日だから「ハニー」。これから8月21日はハニーの日となりました。
誰にも文句は言わせん。勝手に決めた。
はちみつの日は8月3日だそうだが、
可愛らしいにゃにゃこにはやっぱりハニーがしっくりくる。
ハニーハニー。私の愛するスピッツも軽やかに歌っていたなあ。
ハニーハニー It's so brilliant!!
そんなふうに軽やかに。

いきなり自由に使えるお金と時間が増えてしまって、戸惑った一ヶ月だった。
給料は全額治療費に使っていたし、自分の時間など言わずもがなだ。
困ったなあ。困っちゃったよ、にゃーこー。
だからいなくなっちゃ嫌だと言ったのにー。
でも、そっちでにゃにゃこが幸せなら我慢するよ。

にゃにゃこ。気が向いたら顔を見せてね。
しょっちゅう来てるのはにーすけを見ていればわかるんだけど、
私には気配しかわからない。それは非常にもどかしく切なく、
猫になりたいと本気で思う初秋の夜長なわけです。


家の庭に現れて間もなく。2003年のちょうど今頃だったかな?
ご飯は薬入りだったなあ。右目が腫れていて痛々しい。
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馴れないわ怖いわで、双方おっかなびっくりだったなあ。
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かわいいよハニー!
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(おまけ)
寝ぼけてるよにー!
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心配をかけてしまってすみませんでした。
優しい言葉をたくさんありがとう。本当に心強かったです。
posted by 6 at 22:51| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月18日

台風一過(8)

1時間以上かかるし、ここにいると(にゃにゃこの)においがついてしまうからと、
別室に移るよう言われた。意味がわからなかった。
1時間でも2時間でもいくらでも待てる。
においがつくことは禁忌なのか?
単に嫌悪感としての問題ならばそんな忠告は無意味だ。
にゃにゃこはあそこにいる。
一番近くで最後まで見届けることの何がいけないのか。
頭の中をぐるぐると言葉が巡った。
押し出された言葉は「ここで待ちたい」という一言だったが、
やっぱりなだめられて事務所へ移動させられた。
わがままで強情で子供。
普段の自分からはまず考えられない状態だった。

事務所ではパイプイスに腰掛けながらぼんやりとしていた。
冷たいお茶を出されたが、飲む気にもなれなかった。
どんどん強くなる雨音がうるさかった。

係の人が持って来た名簿に、住所や氏名、にゃにゃこの名前などを書いた。
何枚かページを繰ったが、享年を見ると犬も猫も皆そこそこのお年寄りだった。
にゃにゃこの「推定8歳」が物凄く若く感じられた。
骨壷のカバーを白と赤から選ぶよう言われたが、
どちらの色もにゃにゃこにはしっくりこなくてしばらく悩んだ。
女の子は赤が多いと係の人も言っていたし、私もそう思って赤にしたが、
本当はどうでもよかった。
それがどんな問いであれ、ああいった状況で「選択」を迫るのは無慈悲だ。
普段よりもずっと馬鹿で判断力に欠け、頭の中が真っ平らな状態だというのに。

途中、問い合わせの電話が入った。
ゴールデンレトリーバーを亡くした人からで、火葬についての話だった。
された質問や話が、係の人にとっては「お話にならない」内容だったようで、
電話を受け、それを上司らしき男性に伝えていた女性は、
話を取り次ぐたびに呆れたような声を上げる上司に戸惑っていた。
対応する女性と呆れる上司、上司と話す住職さんの声が飛び交う部屋で、
死が現実として日常にある生活を思った。

電話の主は「最期に一目会わせたい人間がいる」と言っていた。
しかし遺体の状態がもう厳しく、限界らしかった。
レトリーバーくらい大きいと、家庭での完璧な保冷はまず難しいだろう。
「そんな状態で何を言っているのか。すぐに焼くのが当たり前だろう。
今は夏なんだ。ましてや犬なんだ」
電話の主だってわかっているだろう。
目の前で朽ちていくのを見ているのは他ならぬ自分自身で、
話では伝わらない臭いや、伝えられない状態もあるはずだ。
理屈と感情では話が交わることはなく、どちらが悪いということでもない。
会わせたい人が間に合って、無事犬に会うことができたらいいと思った。

飛び交う声を押しやるようにしてイスから立ち上がった。
ガラス戸の前に立って雨降りの外を眺めた。
いつの間にか母が隣に立っており、空を指差した。
「にゃにゃこ」
指の先にはあの煙突。雨をものともせずに煙が立ち昇っていた。
「にゃにゃこが上って行ってるね」
「そっか、にゃにゃこか」
同じようなグレーの空だったけど、はっきりと見えた。

にゃにゃこはもう痛くない。辛いこともない。
それだけが救いだった。
posted by 6 at 01:34| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月10日

台風一過(7)

多分住職さんにだったと思うのだが、
祈り終えると、隣接する大き目の建物に移動するよう促された。
たった今入ってきたばかりの入口を一歩出て、右を向くとその建物の入口だった。
かなり広いリノリウムのツルツルとした床。病院のようだなと思った。
奥には、生まれて初めて見たのにそれとわかる大きな炉。
ここなのか。
あの煙突が刺さっていた建物。これが。

せっかく作って貰った棺だったが、
お骨を拾うときに木の灰がとても邪魔になってしまうとのことで、
そのまま送らせてもらうことは叶わなかった。
係の人が台と鉄(だと思う)でできた大きな黒い網のような物を運んで来て、
その上に安置するように言った。
「直に置きたくない、せめてタオルを敷きたい」と訴えたが、
棺を入れられないのと同じ理由で断られた。
半泣きで何度もお願いした。あんなに必死だったことはなかったかもしれない。
でも結局どうにもならなかった。
きっと私と同じ気持ちであったであろう父になだめられ、
「にゃにゃこのお骨を綺麗なまま残そう」という言葉に引かざるを得なかった。
今でも悔しい。

一つ一つをきちんと感情を持って記憶していようと決めていた。
だから確かにここまでははっきりと覚えている。
記録することを心がけたので感想を書いていないところが多いが、
しっかり記憶している。残っている。
しかしこの先は、映像の中にいる自分をただ見ているだけのように、
感情がすっぽりと抜け落ちている。
何を感じてどうしたかったのか思い出せない。
途中ひどく泣いて左眼のコンタクトレンズがずれてしまい、
ぼんやりとしか見えない眼でにゃにゃことお別れするのは絶対に嫌だと、
皆に待ってもらって鏡のある場所まで行って直した。
思い出すことができるのは、その「嫌だ」という感情くらいだ。

にゃにゃこを安置したのは誰だったのだろう。
花を手向け直し、おもちゃやタンクトップを置き直したのは。
私は包んでいたビニール袋から出したご飯と、
ペットボトルから器に移した水を用意しただけだった。
泣いている間にすべてが済んでいた。

住職さんに写真を撮っておくように言われたので撮った。
何枚も何枚も撮った。ピントが合っているか否かももうわからなかった。
住職さんの「幸せな子だ」「きれいだ」という言葉が、
少しも沁みることなく流れて行った。
幸せだったのだろうか。
あの最後の日々が焼きつく私には罰のようだった。

係の人がにゃにゃこの乗った台を運んで行く。
「にゃにゃこ、にゃにゃこ」とうわ言のように口走りながらそれに付いて行く。
花とご飯と好きな物たちに囲まれたにゃにゃこ。
何度見ても小さくて可愛らしい。涙でぼやけた眼にもはっきりと映る。
炉にセットされた台の上。
眠っているだけのような顔をして少しずつ遠ざかって行く。
危ないからここでと注意された一歩前で見つめる。
母のすすり泣く声。眼の端には父が手を合わせる姿。

大きな音がする。ゆっくりとシャッターが閉まって行く。
姿勢を低くする。「にゃにゃこ」
膝を折る。「にゃにゃこ」
しゃがみ込む。
一生忘れない。待ってて。忘れないから。
「にゃにゃこ」

シャッターが降り切るそのときまで、
降り切ってもなお名前が止まらなかった。
入れてあげられなかったタオルを両手で握り締めていた。
少しも気づかなかった。
posted by 6 at 07:18| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月05日

台風一過(6)

前を走る車の後部が光を反射していて眩しかった。
9時半まで30分を切ってはいたが、道も混んではおらず、
普通に行ければ間に合うだろうと思った。

悲しみとは遠かった。
やるべきことを滞りなく進める。スムーズに。間違いなく。
誰にも邪魔させずににゃにゃこの道を作る。
それだけを考えていた。

畑を抜けて時間通りお寺に着くと、住職さんが外に出て待っていてくれた。
棺の中の花の量にまず驚き、にゃにゃこを見て「ああ、いい顔だ」と頷いた。
順番としては、お線香を上げた後に火葬、その後お寺にて供養。
火葬は別の場所ですることになっていたので、
再び車に乗り込み、住職さんに先導されて行くことになった。

仕事が始まる時間帯と重なってしまったために、道はかなり混んでいた。
時折にゃにゃこに声をかけながらノロノロ運転は続いた。
車の中は冷風が当たる腕が痛いほどに冷えていたが、
にゃにゃこを守る保冷剤が溶けていないか、それだけが気懸かりだった。
滅多に遠出しない母が、流れて行く景色を見ながら
トンチンカンな質問ばかりをするので笑った。
いつの間にか新しい道路ができていたりするので無理もなかった。
「なんだか目が回る」とブツブツ文句を言っていた。

火葬場に着いた途端に雨。
あれだけ晴れていたのにも関わらずポツポツと、
やがてボタボタと大粒の雨。
何だこれはと思いながら車を止め、
父と二人で大急ぎで棺のにゃにゃこを施設内に運んだ。
途中、それらしき煙突を見上げて「そうか」と思った。
急に現実に色が付いたようで立ち止まりそうになった。

事務所の隣の小さな建物に祭壇はあった。
指定の場所に父が棺を安置した。
住職さんはにゃにゃこを改めて見ながら、また「いい顔だねえ」と。
「私もたくさんの子達を見送ってきたけど、
こんなにたくさんの花は初めてだ」とも。

一人一人お線香を上げた後、お経を上げてくださった。
私はしんとした気持ちで目を閉じていた。
隣から鼻をすする音がした。母だった。
普段は家族の中で一番冷静な母が、今日は誰よりも涙を流していた。
朝起きてすぐ。棺に移す際に。花を手向けるときに。
長年母の子供をやってきたが、
彼女がこんなにも泣くところを見たことはなかった。
posted by 6 at 21:39| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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