2005年09月02日

台風一過(5)

病院を自主退院して以来、なぜか生食に移行していたにゃにゃこ。
特にターキーが好きで、専門店から宅配してもらっていた。
牛ヒレは父の知人の焼肉屋さんから最上の物を分けていただいていた。
マグロも大好きで、おまけに店を選んでいた。近くのスーパーの物だと残すのだ。
なのでいつも足を伸ばして遠くの、昨日の魚屋さんまで行く羽目になった。
甘エビ食べさせたかったな。
匂いをかいで黒目が大きくなったあの瞬間。すぐに口に痛みを感じて辛そうにした。
くそう。思い出して涙目になりながら必死で切り続けた。
ターキーはぶつ切り皮付きの物で、切るのに骨が折れるのだ。

時間を見て両親を起こした。
二人ともいつもとは打って変わってシャッキリとしており、
口々に「にゃにゃこおはよう」と話しかけていた。
立て掛けたよしずから陽が差していた。明るく暑く、良い天気だった。

私は手が離せなかったので、両親がにゃにゃこを棺に安置した。
ペットシーツを敷き、その上にいつも使っていたバスタオルを敷いた。
眠るにゃにゃこをその上に乗せ、体の上にタオルを掛けた。
そして「よし、花を添えよう」と母が言った。

「顔の周りは明るい色の花ね」
「足元はかすみ草にしようか」
「うわー、にゃにゃこ可愛いよー。本当に可愛い」
相談したり感激したりしながらにゃにゃこを花で囲んでいった。
中におもちゃと私のタンクトップもあった。
顔の横にスペースを空けておいて、そこにご飯と水を置くことにした。
花屋さんをはしごした甲斐があったと思った。だって本当に可愛かったのだ。
いや、もっとたくさん買ってくればよかったかもしれない。
なにしろ棺が大きかった。

にゃにゃこのご飯の用意を終えると、ちょうどにーすけのご飯の時間だった。
大急ぎで用意したが、昨日から続くいつもと違う雰囲気に、
にーすけの食欲は失せてしまっていたようだった。
私たちにさえ近寄ろうとしなかった。
「にーにーごめんね。今日だけは許してね」
そう謝ったところで聞いちゃいなかった。

予めエンジンをかけてクーラーで冷やしておいた車に、
父がにゃにゃこの棺を乗せに行った。
大きくて玄関から出せないので、庭に面した居間の窓から運んだ。
外に出してからにーすけに最期のお別れをさせていないことに気づき、
ガラス越しに対面させた。
「にーにー、にゃにゃこだよ。またね、って」
にーすけは最初こそじっと見つめていたが、そのうちひどく嫌がった。
私が抱っこしていたのだけれど、体をねじって逃れようとした。
なだめても聞かず、遂に腕を振り切って一目散に居間を出て、
階段を駆け上がって行ってしまった。

いろいろ考えたけど、結局いつもと同じTシャツとジーンズにした。
いつもにゃにゃこに接していたように送ろうと思った。
午後から出勤する父はジャケットを着ていたが、
母は滅多に着ない洋服をタンスから引っ張り出してきていた。

階下からにーすけに「大丈夫だからご飯食べるんだよ」と声をかけ、
忘れ物がないことを確認して家を出た。

にゃにゃこが好きだった庭。ぶどうの木の下でいつも昼寝をしていた。
野良っ子だとは思えないような気の許し方で、
仰向けにお腹を出してぐっすりと眠っていた。
あんな野良猫っているのかなと不思議に思ったものだった。

今年もぶどうがいっぱい生ってるよ。帰って来たらよく見ようね。
心の中で話しかけて、ハンドルを握った。
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2005年08月31日

台風一過(4)

にゃにゃこを安置した居間で、
その夜は両親も私もこれからのことばかりを話した。

明日は何時に起きよう。持たせるおもちゃを用意しとかなきゃ。
きっと腹ペコだからご飯は皿いっぱい山盛りにしよう。
今着てるタンクトップも入れよう。

振り返ったら持たないのがわかっていたから、全員が明るかった。
にゃにゃこの傍を通るときは生きているときと同じように声をかけ、
しゃがみ込んで頭を撫でた。
枕元に置いた水とご飯の器、そしてコスモスとお数珠。おもちゃのネズミもあった。
体の上には食事のときに使うナイフ。
にゃにゃこは体が小さくて可愛いからこのナイフだと母が乗せたのだけど、
本当に守り刀の役割を果たせるのかねと思えるくらい可愛かった。

いつもは23時過ぎに父が、0時近くに母が就寝する。
当然というか何というかその日は2人とも遅くまで起きていた。
特に母は半分寝ながらも1時半過ぎまで起きていて、
これは我が家にとってはミラクルだった。
私が起きているから寝ていいよと何度も言うと、ようやく寝室へ行った。
にーすけは既に私の部屋で寝ていたので、私はにゃにゃこと2人きりになった。

謝る以外に何を話したろう。思い出せない。

にゃにゃこごめんね。ごめんね。
痛かったね。辛かったね。
お姉ちゃんのこと恨んでいいよ。化けて出てきていいよ。
許さなくていいよ。
だけどごめんね。ごめんね。

同じことを何度も思った。
一人になると理性の糸が切れて泣いてしまう。
声を殺していたので眼が飛び出るかと思った。
飛び出たなら飛び出たで構わないとも思った。

4時過ぎ頃だったか、トコトコとにーすけがやってきた。
にゃにゃこの前に座り、寝ているにゃにゃこをじっと見つめていた。
にーすけなりにお別れをしているかのようだった。
にゃにゃこの匂いをかぎ、枕元のご飯の匂いをかいで、また去って行った。
ご飯を食べるかと思いきや、我慢したのが偉かった。

気づいたら床にベッタリと張り付くようにして、
にゃにゃこの傍で寝てしまっていた。
徹夜するつもりでいたのに、連日の徹夜状態が災いした。
それでも6時40分には間に合い、手を合わせた。

あと3時間もない。
その先を考えないようにしながら用意を始めた。
まずはご飯の準備。
冷蔵庫から甘エビ・マグロ・ターキー・牛ヒレ肉を取り出し、
食べやすいようにと細かく切り始めた。
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2005年08月30日

台風一過(3)

やらなければならないことを思いつくと気持ちに張りが出た。
花を買う。明日までにゃにゃこの体を守る。そして今後。

なぜか家には保冷剤が大量にあり、
いつでも使えるように冷凍庫にストックしてあった。
それをありったけ出した。
にゃにゃこもにーすけも嫌いで、
一度も乗ることがなかったアルミボードを2階から運んで来た。
ボードのうえにペットシーツを敷き、にゃにゃこを乗せた。
肩のところまでタオルを掛けたら、ますます寝ているだけのように見えた。

パソコンで検索して、市内にペットのお寺があることを知った。
ペット霊園でなく普通のお寺。人間と同じように供養してくれるという。
こんなのは本当に人間の勝手で自己満足以外の何物でもないのだが、
それでもいい、納得がいくようにきっちりと送ってやりたかった。

午後になってから下見に行った。
いろいろあったが(後で書きます)そのお寺にお願いすることにした。
火葬場等の都合もあり、明日9時半前に来るようにとのことだった。
その場所にもよるのだろうが、火葬する時は遺体のみで、
他の物は入れることができない場合もあると聞いたので、
ご飯やおもちゃも一緒に持たせてやりたいと住職さんに言うと、
「好きだったものを全部一緒に入れてあげるといいよ。大丈夫」と言ってもらえた。
気持ちが緩んだらしく、亡くなった経緯などを話しながらまた泣いてしまった。

変な気分だった。
相変わらず夢の中にいるように頭の中はフワフワしているのに、
体はシャキシャキと動いた。
直視することを避けているわけではないのに、
寝違えて首が動かないときのように現実を見ることができなかった。

花屋さんを2軒はしごして、抱えるほどの量を買った。
明日のご飯にと、この辺で一番の魚屋さんで、
痛みのせいでにゃにゃこが食べたくても食べられなかった
甘エビとマグロの刺身の一番いいところを大量に買い込んだ。
氷屋さんで追加のドライアイスを買った。一つ1500円を二つ。

夕方帰宅する頃には、明日は私たちにできる限りのことをしようと、
寝違えたままでも妙にさっぱりとした気持ちになっていた。
変わらずに寝ているにゃにゃこが可愛くて可愛くて、
撫でても撫でても全然飽きなかった。
硬く冷たくなっているのにどうしてこれほどまでにと思うほど、愛しかった。
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2005年08月28日

台風一過(2)

テーブルやクッションをすべて押し退けて、
居間のど真ん中ににゃにゃこを寝かせた。

「よく頑張ったねえ。こんなに痩せちゃっても可愛いねえ」
にゃにゃこを撫で、おでこ同士をくっつけながら、母はそう何度も繰り返していた。
繰り返すたび語尾が曖昧で、声を詰まらせては鼻をかんでいた。

私は放心状態だった。
波のように寄せてくる涙をやり過ごす以外にすることがなかった。
時折にゃにゃこの胸に触れ、鼓動がないことを確かめる。
まだ温かい体に触れ、生きていないという状態がよくわからなくなり混乱する。
その繰り返しだった。
ぼんやりしながらも、8時半になったら店長の家に電話しなきゃと思った。

前の週の金曜日、にゃにゃこの状態が厳しいこと、
もしかしたら不意に休んでしまうかもしれないことを店長に伝えてあった。
そういった話は一切していなかったので、
「だから最近元気がなかったのか」と驚いていたが、
「一緒にいてあげなさい。思う存分看病してあげて」と言ってくれた。
店長の家にもかなり高齢の犬がいる。だからだろうと思った。ありがたかった。

朝方亡くなった場合、普通なら午後にはお別れなのだろうか。
ましてや今は夏で、いろいろな意味で時間との闘いになる。
「早めにしないと」と父が言った。
わかってはいたが、どうしても無理だった。
「今日は絶対に嫌だ」と子供のように言い張った。
そんなこと言ったって夏なんだぞ。
いきなりなんて嫌だ。絶対に嫌だ。
堂々巡りの押し問答。
父が心を鬼にしていることはわかりすぎるほどだった。
黙っていた母が「そうだね。今日はお通夜だもんね」と言った。
「まだお家にいようね。ゆっくりねんねしようね」とにゃにゃこを撫で、
父に「明日にしよう」と言った。

父はその後自分の会社に電話をし、休日出勤をしている部下の人に、
「棺を作ってほしい」といきなり頼んだ。
理由を訊かれたのでにゃにゃこが亡くなったことを伝えると、
10時までに作るからサイズを教えてくれとだけ言ったそうだ。
その人とは私も会ったことがあるけれど、いかにも仕事ができそうなおじさんで、
父とは信頼しあっている様子が窺えた。
ちなみに父の会社は建設関係でもなんでもない。

その後にーすけにご飯を上げ、シャワーを浴び、
会社に棺を受け取りに行く両親を送り出した。

にーすけは遠巻きに一連の出来事を見ていた。
普段とまるで違う私たち、そしてにゃにゃこが怖かったのだろうと思う。
時々にゃにゃこのそばに来ては匂いをかぎ、
何か変だなとでも言いたげに去って行った。

超特急で作ってもらった棺はとても大きく、そしてとても立派なものだった。
棺の他に持ち帰ったものは、会社に咲いていたからと母が摘んだコスモスと、
にゃにゃこを翌日まで守るため、氷屋さんで購入したドライアイス。
コスモスの濃いピンクを見て、棺を花で埋めようと、
バカみたいにたくさんの花で送ろうと決めた。
そして、もうコスモスの時期なのかと思った。夏が終わるのかと。
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2005年08月26日

台風一過(1)

その後はいつも島のような空や空気だと思う。
今朝、洗面所から覗いた空と薫ってきた空気は、島のそれだった。

起きる間際に見ていた夢はリアルで辛いものだった。
水のようなそうでないような、ともかく大事な液体を持っていて、
それをにゃにゃこに飲ませなければならないのだが、一向に飲んでくれない。
私は絶望的な気持ちになりながらも、液体を手にしたまま良案はないかと考える。
混ぜる。無理だ。かける。もっと無理だ。流し込む。それしかないのか。
でもにゃにゃこには負担だ。これ以上はもう無理だ。
どうしたら、いったいどうしたら。
そこで目が覚めた。夢の中ににゃにゃこの姿はなかった。

にゃにゃこの不在。喪失感とも違う、この「いない」感じ。
これはなんだろう。

どこまで書けるかわからないし、日が空いて飛び飛びになるかもしれないけど、
きちんと書き残しておこうと思う。


そのときには激しい痙攣発作が起こることを覚悟していた。
にゃにゃこが入院していたとき、同じ病気の他の猫ちゃんが痙攣している様を見て、
いつかにゃにゃこの身にも同じことが起こるのだと悟った。
それを何があっても動じず受け止めようと思った。
しかし私の悲壮な顔つきが情けなかったからだろうか。
にゃにゃこは一度も痙攣を起こすことはなかった。

前夜までと違ったのは、いつもはゆったりだった呼吸が浅く速くなったこと。
大好きだった蒸しタオルでの体拭きを嫌がったこと。
私はそのときが近いことをギリギリまで気づけなかった。

ぐんにゃりとしたにゃにゃこをタオルにくるんで抱き、2階に連れて行った。
最初ににゃにゃこの部屋、次に私の部屋。
いつも見ていた窓辺から朝方の外の景色を見せた。

1階の居間に戻り、以前緊急用に処方されていた、
ホメオパシーのレメディのうちの一つを飲ませた。
呼吸困難時用のもので、水に溶かしている暇などなかったので粒のまま。
口を開けさせようと顔を上に向かせ、歯に触れたら渾身の力で噛まれた。
どんな状況でも噛むことなど一度としてなかったにゃにゃこが、
私の右手の親指2箇所に深々と穴が開くほどに強く。
悲鳴を上げるほどの痛みだったが頭は冷静で、血を洗い流しながら、
「こんなに強く噛めるなら、もしかしたらまだ」などと思った。

15分後にもう一度同じレメディを。水に溶かしてシリンジで飲ませた。
時折軽くもがくような仕草をしては、体をくねらせて鳴く。
そのたびにタオルからずり落ちる体を支えた。

レメディが効いてきたのかそうでないのか、呼吸が落ち着いてきた気がした。
しかしもがく間隔が狭まってきていた。
内線でブザーを押した。押した後で階段を駆け上がった。
親の寝室へ行き、飛び起きた親に向かって「にゃにゃこが」「早く」と叫んだ。
「死んじゃいそうなの?」と母が慌てたように言った。
「わかんない」と答えた。どうしても頷きたくなかった。

それからは断片的にしか覚えていない。
にゃにゃこを胸に抱いていた。
抱かれたままにゃにゃこはそっともがいていた。
両親がにゃにゃこを撫でていた。
名前を呼び、言葉をかけていた。母は泣いていた。
私はバスタオルの上ににゃにゃこを下ろし、「まだ嫌だ」と泣き叫んだ。
にゃにゃこが使っていたもう1枚のバスタオルを抱き締め、泣き喚いた。
泣きながら、緊急時用のもう一つのレメディを取り出した。
両手を突っ張らせて「うーん」と猫らしくなくにゃにゃこが唸ったのが先だったか、
最期のときに苦しまずに逝けるというそれを飲ませたのが先だったか。
よく覚えていない。

触られるのが好きなにゃにゃこらしく、最期の瞬間まで触られっぱなしだった。

呼吸が止まっていることはわかっているのに、
寝ているようにしか見えないから信じることができなかった。
母が以前買ったという聴診器を出してきてにゃにゃこの胸に当てたが、
それをするまでもなく、心臓が動いていないことはわかりきっていた。
痩せてしまったにゃにゃこの体は、
寝ているだけでも心臓の動きが見て取れたからだ。
でも、動いていないのに「もしかしたら」と思ってしまう。
硬直が始まってもなお、ずっと「もしかしたら」と思い続けていた。
posted by 6 at 15:13| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月22日

にゃにゃこ、旅へ

昨日8月21日午前6時40分頃、
にゃにゃこは一足先に幸せな世界へ旅に出ました。
頑張って頑張って頑張り抜いた末での旅立ちでした。

夜が明けたらお葬式です。今日が最後の夜です。
まるで眠っているかのような穏やかな顔で、
今もそこにいます。

これまでにゃにゃこを心配し、応援してくださったみなさん、
本当にありがとうございました。
私がどうしようもない保護者だっただけに、
にゃにゃこはとても嬉しく、心強かっただろうと思います。
とても人間が好きでどんなに具合が悪くても隠れたりせず、
部屋のど真ん中で寝ているような子でした。
本当に本当にありがとう。感謝しています。

一晩中一緒にいます。
最後だなんて信じられないけど、でも一緒にいます。
本当はずっとずっと一緒にいたかった。

にゃにゃこ、痛いこといっぱいごめんね。
可愛くて愛しくてたまらないよ。
大好きだよ。大好きだよ。
どうしよう。何回言っても足りない。
にゃにゃこ、どこにいても愛してるからね。
posted by 6 at 02:22| 埼玉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月19日

水を飲む

昨夜、風呂から上がって居間に行くと、
にゃにゃこは台所の流しの縁に手をついて、
置いておいた水飲み用のボウルに顔を突っ込むようにして、
ピチャピチャと一心不乱に飲んでいた。
傍に付き添う母が言うことには「もう20分くらいこんな感じ」。
昼間も同じことをしていた。
どこで飲んでもいいようにととりあえず用意しておいた流しのボウル。
気づかないうちに上がっており、無理な体勢で飲んでいたのだ。

どうせ飲むなら自家製の電解質液に!と思ったが、贅沢は言っていられない。
にゃにゃこが自分で上がった、飲みたいと思った、
どれだけ胃に入っているのかわからないがそれでも飲んだ。
それがどれほど嬉しいことか。

今朝も強制給餌だった。
専用の流動食で、零れて毛に付くとガビガビでえらいことになる。
抵抗するのに嫌いな抱っこをされて、痛い口に無理矢理流し込まされる液体。
にゃにゃこにとってはこの上なく辛いだろう。
そのときの私はまるで鬼だろう。

膝の上に乗せていたのだけど、一瞬熱く感じたと思ったら、
おしっこをされていた。かなりの量だった。
それすら嬉しい。生きている証だ。

にゃにゃこに生きる気力がもう残っていないなら、
彼女にとっての苦痛はすべて排除してやりたいと思う。
でもご飯を食べたがる。
口が痛くても匂いをかいで、ワクワクした顔をするのだ。
自力で食べさせてやりたい。どうしても。

にーすけも元気がない。
にゃにゃこがこんな具合だし、私も思うように構ってやれないし、
知らない男の人(先生)はしょっちゅう家に来るしで(客嫌い)、
さぞストレスを感じていることだろう。
ごめん。ごめん。本当にごめん。
にーすけは私にベッタリなので余計に辛い。

今後のことを考えて、職場のSさんに理由を話し、
無理を言ってシフトを代わってもらうことにした。
快く了承してくれたSさん、本当にありがとう。感謝してる。
いつか、昔話した羽田空港で撮ったナイナイ岡村と中居くんの写真、渡すからね。
posted by 6 at 13:30| 埼玉 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月18日

にゃにゃこ

またも日が空いてしまった。

調子の悪いときはそれどころではないので、
どうしても唐突な話になってしまうけれど、にゃにゃこの状態が厳しい。
自分から食事をしなくなって5日以上経つ。
口内炎(先生は舌炎だと言っていたが)で痛みがあるので、
水も飲めなくなった。
口元にスポイト(私はネットで調べた油差しを使ってます)を持っていくと
美味しそうにゴクゴクと飲んでくれるのだけど、流動食は嫌がる。
昨日までは結構飲んでくれていたのに今朝は嫌がった。

今は居間とキッチンの間で寝ている。
呼吸を確かめる。ゆっくりと上下するお腹。
よかった、生きてる。

息をしていなかったらと思うとそばを離れることができない。
洗濯も掃除もしていない。顔すら洗っていない。汚いな。

先生は往診のたびに難しそうな顔で帰って行く。
すごく猫好きな人で、輸液が終わるたびににゃにゃこを抱っこする。
「嫌なことばっかりするおじさんでごめんなー」と言いながら。
まだ若いんだけどね。

前の病院を自主退院したとき、
もう多くは望まない、にゃにゃこが苦しまないことだけ、
それだけをと望んだのに。
いざこうなると足掻いてしまう。まだ、もうちょっと。そんな風に。
にゃにゃこは誰もが認めるほど頑張り続けているのに、
私だけが見苦しい。

気持ちを整理すると涙が止まらなくなる。
そばにいるときはそれどころではないのに。

家の庭に現れなければ、病気などすることなく生きて行けたかもしれない。
私がにゃにゃこの寿命を縮めたのかもしれない。
今更何をと自分でも思う。でも拭えない。

撫でるとお腹を出して甘えてくれる。
先生に負けず劣らず嫌なことばかりしている私なのに、まだ甘えてくれる。
にゃにゃこ、ごめんね。ありがとうね。
愛してるよ。

神様。
DSC00336.JPG
posted by 6 at 11:36| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月12日

続・最近のお二人

時間が経つのが早過ぎる。
こなしてもこなしても終わらない物事というのはなかなかにヘヴィー。

こういうときこそ出番だ。

寝姿と顔が子供の頃から変わらないんだよね
DSC00316.JPG DSC00315.JPG

寝惚けてるからといって油断は大敵
DSC00317.JPG DSC00322.JPG

一方にゃにゃこはこんな場所がお気に入り(廊下です)
玄関入ってすぐのところで、
脱走防止用のアコーディオンカーテンが左に見えています
奥にはトイレやら水の器やら
そしてどうにもダンボールが好き
DSC00323.JPG DSC00326.JPG

私の部屋だとここが好きらしい(スピーカーの上)
DSC00285.JPG

滅多にないけどこんな光景も
(食器の台にしているものがすべて貧乏臭い)
DSC00313.JPG

神様、一日でも長く穏やかな日々を。
posted by 6 at 12:01| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月07日

見るだけでいい

なんでだか知らんが地図や路線図を見るのが好きだ。
電車や飛行機の時刻表なんかも大好き。
知らない場所の知らない地名や、知っている場所の懐かしい地名。
朝早くから夜遅くまでひっきりなしに、出発しては帰ってくる電車や飛行機。
ボーッと眺めながら胸を熱くしているのです。

そんなわけでGoogle mapよありがとう。

当たり前だけど世界中が見られるわけで、
それこそピラミッドやらスフィンクスやら秘密満載のあの基地だとか、
見ながら「うーわー」などと唸ってしまうこと多々。
おもしろすぎるおもしろすぎる。

昔、今よりずっとずっと自意識過剰だった頃、
自分をクールダウンさせるためにやっていたのが俯瞰だった。

 1・部屋にいる自分をもう一人の自分が天井辺りから見下ろすように意識する
 2・視点を屋根辺りに上げ、部屋の中の自分を見下ろす(以下同文)
 3・視点を電柱のてっぺんくらいに上げ(同文)

…と、どんどんどんどん視点を引き上げていって、そのうち大気圏突破。
その位置から、もはや塵にも満たない自分を見下ろすと、
多少の失敗や後悔や恥なんかもどうでもよく思えたものだった。
(自分でも何がきっかけでこんなことを始めたのか全くおぼえていないけれど、
コツを覚えると結構すっきりするし楽になるんですよ。ちょっと電波っぽいけど)
Google mapを見ていたらそれがリアル体験できてしまうのだから困る。

で、最初に探したのが竹富だった。
見つけたらいきなり胸が一杯になってちょっと涙が出た。
行きたくて行きたくてたまらない。それが叶わない今なら見るだけでもいい。
遥か上空からでもわかる。
ここで船を降りて島へ。この道を通って宿へ。そして海へ。
何度でも思い出す、サンダルの裏に感じるあの白い砂。
それだけでいい。

おもしろがれたり感傷的になれたりと、
やたら応用範囲の広い素晴らしい地図だと思った。
posted by 6 at 15:49| 埼玉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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